act.3-1
「――っ!!」
ボクは堪らず彼女の腕を振りほどき――って、あれ……!?
生きて……る。
どうして?
頭の中がぐるぐるして何が何だか分からない。
死んでない。生きてる。
少しの安堵と失望。自分の体、という物をやけにずっしりと感じながら、部屋の中に視線を巡らせる。
ボクはどうやら、どこかの建物の一室に寝かされているらしい。
白い天井。窓から射し込む暖かな光。清潔感のある、淡い色の調度品。そして胸のあたりから聞こえる健やかな寝息。
……うん? 寝息……?
思わず胸元に目を向けると、わりと近くに誰かの顔と腕があってドキリとする。
ベッドに横たわるボク。誰かはその脇で椅子に腰掛け、ボクに覆い被さるようにして眠っている。
柔らかそうな漆黒の髪。そばかす一つ無い白い頬に、長い睫毛がそっと影を落としている。
顔立ちだけなら少女と見紛う程だけれど、すんなりと伸びた肩腕は少年の物だ。呼吸に合わせて、背中のモコモコした何かがふるふると震えるのがちょっと可愛い。
なんて気持ちはその正体を理解した瞬間、痛みに変わる。
翼だ。髪と同色の、大きな一対の翼。
あの子じゃないのに。あの子とは全然違うのに。
彼には一片の非も無いけれど、今は亡き小さな友人を、どうしても連想してしまう。
『鼓翼』。
実際見るのは初めてだ。
七部族で唯一、天界を知る者達。
空から世界を見下ろすのって、一体どんな感じなんだろう。
ボクにもこの少年みたいな翼があったら、そもそもあんな事をしなくたって良かったのに。
いや……ボクみたいな落ちこぼれ、きっとどこの生まれでも何ひとつ、変わりはしないんだろうな。
……じゃなくてさ。
今ボクが置かれてる状況って、地味に普通じゃないよね……?
その何ていうか、知らない男の子が直では無いにせよ、自分の胸に身を預けてスヤスヤ寝てるとか、そうそう無いよね?
……どうしよう。意識したら、体中から一気に変な汗が噴き出てきた。拭いたくても両腕は、掛布と少年の下敷きで動かせないし。
「……あ、あの……!」
ボクが身を捩りつつ声を掛けると、少年の瞼がそろそろと開く。覚醒しきっていないとろんとした深紅の双眸がしばしボクを見つめ。また何事も無かったように瞳を閉じて、寝息をたて始めた。なんで!?
「ちょ……あの、ここはどこなのかな? あと出来たら起きて欲しいんだけど……!」
ボクが声を上げながらもがいていると、部屋の引き戸が開けられ、見覚えのある人物が中に入ってきた。
暗褐色の髪と緑の瞳、ぴったりとした動きやすそうな上衣にブカブカズボン。さすがに例の『包丁』は持ち歩いていないようだけれど。
「おっ、気が付いたのか。具合はどうだ?」
怪力少年が顔を綻ばせ、ヒョイっとこちらを覗き込んできた。ボクはきまり悪くなって、つい顔を背けてしまう。
「……動けない」
「あー……悪いな。こいつ、夜行性なんだ」
彼は『鼓翼』の少年に歩み寄ると、いとも容易く自身の左肩に担ぎ上げてしまった。「これでいいか?」
「う、うん……ありがと」
夜行性……って、昼と夜が逆転してるってアレか。それにしたってあの子、荷物みたいな扱いされてるのに、良く寝ていられるなぁ。
……って、これ幸いと体を起こして気が付いた。今着てるこのシャツ、ボクのじゃない。両手が隠れてるからって安心してたけど……も、しかし……て。
「…………あ、あの…………?」
ギギギギギ……ボクの首がぎこちなく回る。
「ああそれ? 俺のだけど――」
最悪だ。
ボクは無言で背中から枕をひっ掴むと、それを彼の顔めがけ思いっ切りぶん投げた。「――ブフッ!?」跳ね返ってきたのをまたキャッチして、今度は片手で振り回し滅多打ちにする。
「っへ――変態! いい、いくらボクが、子供みたい、だから、って……!!」
「ち、違うって! 確かにそれは俺のだけど着せたのは……ってお前、男じゃねえの!?」
『遊び』の時ですら飄々(ひょうひょう)としていた彼の目が、初めて驚愕に見開かれた。何それ酷い。
「ボクは……ボクは女だ――!!」