act.1-3
「……何だよ~。俺関係ないじゃん」
モゾモゾと音をたてて、幌の上から誰か――ボクよりいくつか年かさの少年だ――が、心底面倒くさそうに胸から上をダランと屋根からはみ出させる。
「そーゆう問題じゃねェー!! おいテメエ、いつからそこにいやがったァー!!」
「ん~? けっこー前から借りてたぞ。俺歩き疲れちゃってさあ。助かったぜー」
懐っこい笑みで応える少年とは真逆に、用心棒二人の顔から表情が失せる。
無理もない。二人が二人とも、この闖入者の存在に今の今まで気付けなかったんだから。
かく言うボクもこの少年がいつから上にいたのか、全然分からなかった。
それ以前に、あの揺れの中で良く休めたものだと思う。
「ふん……オイ、ツノ野郎」ガッシリの声はゾッとするほど低く、冷たかった。「このガキ、捕まえとけ」
「あっ……は、はいぃ!」
おじさんは首を痛めるんじゃないかってくらいガクガク頷くと、背後からボクの両脇を抱え上げ数歩下がる。悔しいけれどボクは同胞の内でも小柄だから、地に足が着かず宙吊りでいるしかない。
ガッシリがボクたちに背を向け歩き出す。
「……ああ……今日は『仕入れ』をするつもりなんか無かったのに……!」
おじさんが泣き言を漏らす。両手がボクで塞がってなかったら、きっとハゲるほど頭を掻きむしっていたことだろう。
「……お互い運が無かったって事だね」
「お前が勝手に乗り込んで来たんだろうが……!!」
ああ、そう言えばそうだったね。まさかこんな展開が待っているなんて、思ってもみなかったけどね。
ボクは、口をつぐんで用心棒達と謎の少年を見守ることにする。
「ナメた真似しくさりやがって……降りてこいやァー!!」
ギャンギャン喚き散らすヒョロノッポとは対照的に、ガッシリは一言も発さない。けれどその指先からぞろりと伸ばされた長く鋭い爪が、彼の憤りを代弁して有り余った。幌の上でゴロゴロしている少年目掛け、瞬きより早く下から上へと斬り上げる。
中の骨組みもろとも、厚手の幌布が数条の帯となってべろりと垂れ下がった。
「……ヒュ~! おっさんスゲー! いい目覚ましになったぜ」
不意の一撃を紙一重で回避した少年は、そこから腕立てするように体を持ち上げ、屋根のへりを支えに前方転回してガシャッと着地を決める。
音の正体は、身の丈ほどもある背中の長袋。柄のような物が突き出ているから武器とかなんだろうけど、それにしたって大きすぎやしないか……?
「毎朝こんな感じで起こしてくんねーかな。俺の家教えるからさ」
「オレはテメエの母ちゃんじゃねえ……」
ガッシリの尻尾の毛が逆立つ。爪同士が擦れて、背筋が疼くような不気味な音をたてる。
「……何だあいつ、どこの血だ……?」
おじさんが呟くのも無理はない。謎の少年の姿は、どうにも中途半端なものだった。
クセのある暗褐色の短髪。すっきり整った顔立ちの割に雰囲気が悪童っぽいのは、頑是無い子供のような光を放つ、深緑の瞳のせいだろうか。
そして最大の違和感。髪と同色の毛に覆われた大きな獣耳は、頭頂ではなく、少年の顔の両脇から生えていた。
それ自体は別段おかしな事じゃない。ただし、少年が『鼓翼』か『弓魚』または『実花』ならば。
「……『爪牙』かと思ったが……爪も牙も無い。混ざり者か……?」
「ツノのおっさん、細かい事気にしてると今にハゲんぞ。……でさあ、何? 俺と遊ぶの?」
少年の双眸に好戦的な光が宿り、長くたっぷりとした尻尾が地を叩く。
「ああそうとも。ヒイヒイ泣いて這いつくばるまで遊んでやるよ――オレと兄キでなァー!」
言いざま、用心棒兄弟はそれぞれ十指から伸ばした凶器を振りかざし高く跳躍、ってそれじゃ二対一じゃないか! 少年は――
「分かった!」少年は肩上に手を伸ばし柄を握ると半ばまで武器を引き出し、肩を支点にてこの要領でくるりと抜刀する。その間一瞬。
「そんなデカブツでオレらとやり合えるわけがないごヘァー!!」
ボクも、多分おじさんも何が起きたのか分からなかった。ゴパン!! と何かが破裂するような音がして、ヒョロノッポが真横に吹き飛んだ他は。