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螺旋の星  作者: びんぞこ
はじまり
2/9

act.1-2

 もちろん、こんな事態を全く想定していなかったわけじゃない。

馬車の中でもみくちゃにされている間じゅう、ボクは散々言い訳ばかりを考えていた。


『勝手に乗り込んだりしてごめんなさい』

『おじさん達を困らせようとしたわけじゃないんです』


 ……だけどそんな薄っぺらな言葉たちは、ボクの喉を震わす前に(しぼ)んで消えた。

 直前まで仲間と軽口でも叩きあっていたのか、おじさんの(ほころ)んだ顔が。

ボクの姿を認めた瞬間、冷ややかな侮蔑(ぶべつ)と失望の色に染まったからだ。

「……はぁ……誰かと思ったら幽霊か。お前さんなんかじゃ、馬車の修繕費(しゅうぜんひ)にもならないよ」


 幽霊。それは『内』でのボクの名前だ。それについてはボク自身も納得しているから仕方がない。

前も後ろも腰まで伸び放題の、淡い空色の髪。

短い黒毛に(おお)われた、役立たずの小さな獣耳。

 それでも一族の(おきて)(なら)って、地に着くほど袖の長い上着をまとう。

哀れで惨めな、ボクは幽霊。


 それよりも、ボクが……何だって? 修繕費(しゅうぜんひ)? 馬車の?


「……ふん……『冠角(ヌーク)』の旦那もお人が悪ィ」

「ムリねーよなァー! 綺麗(キレイ)なネエちゃんならともかく、こーんな木っ端みてーなガキじゃあよォー!」

 立派な獣耳と尻尾に恵まれたガッシリ体型の壮年が腕組みする隣で、ヒョロノッポの青年が片側だけ折れた獣耳をピクピクさせる。

ボクがよっぽど滑稽(こっけい)に見えたんだろうか。二人の用心棒が(そろ)って哄笑(こうしょう)すると、唇の端から『爪牙(シッド)』の証である鋭い牙が姿を現す。

「まあまあ、それを何とか見られるようにするのが私達の『仕事』だろう? たとえ出来損ないでも『扉守(モルテ)』は希少(きしょう)だからねえ……品定めといきますか」

 おじさんが首を傾け、頭の角をコツコツと爪弾(つまはじ)く――それが用心棒二人への合図だったんだろう。


「オラ、出てきやがれ……!」

 抵抗むなしく、ボクは自分の腰周りほどもあるガッシリ壮年の太い腕に首根っこを(つか)まれ、砂袋のように外に放り出された。衝撃で息が詰まる。目の前がチカチカする。苦しい。逃げなければ――肺に空気を()き込みながら辺りを見回す。荒野だ。木の一本すら見当たらない荒野。

身を隠しながら逃げるのは無理、か。

「……なんだ、最初からバレてたんじゃないか……」

 最低で、最高に、可笑(おか)しい。ボクの口からヘヘッ、ともハハッ、ともつかない乾いた笑いが()れ出た。

「おおっと悪ィねえ! オレサマ脚が長いからさあ! シシシ!」

 ゆらゆらと立ち上がった所をヒョロノッポに足払いを掛けられ、ボクはまた引き倒される。

 何て間抜けなんだろう。『内』から逃げたい一心で飛び込んだ先が、行商人を装った人買いの馬車だったなんて。

「ふん、急に大人しくなりやがって気味が悪い……」

 上から誰かの声が降ってくる。誰だっていいや。人買いか。人買いがいるって事は『商品』を求める奴も勿論(もちろん)いるんだろう。ボクも売られちゃうのかな。絶対誰も買わないと思うけど。そしたら、処分されるんだろうか。どうやって? やっぱり苦しいのかな、苦しいんだろうな。


 無様に(ゆる)んでいた唇が戦慄(わなな)いた。


「……こっ……来ないで!!」

「ふん、それで油断させたつもりか? 残念だったなァ!」

 砂つぶてを浴びせようと振り上げた腕を易々と後ろ手に(ひね)り上げられる。やめて痛い痺れるイヤだ折れてしまう……!

「……や、やめて! 手は……手は、触らない、で……!!」

「イェーイ! 幽霊クンのお顔はいけーん!」

 ガッシリに腕を封じられ、長い前髪をヒョロノッポの手で乱暴に(わし)づかみにされたその時。わりと近くから


「……ふぇ……っぶぇえぇっくしょおぉおいぃ!!」


 ……盛大なくしゃみが炸裂した。


 突然の大音声(だいおんじょう)に、そこかしこに(ひそ)んでいた小動物が驚き我先に散っていく。

「……だ、誰だ!? 」

「っ兄キ、上!」

「なっ……!?」

 ボクと狼狽(うろた)える三人が見上げる先には――自分達が乗ってきた馬車。

(ほろ)の上から誰かが上体を起こして、ヒラヒラと手を振っている。

「あ、悪い悪い。今の俺だから。じゃ」

 いけしゃあしゃあと言う事だけ言って、誰かは再び見えなくなった。

 ……馬車に(つな)がれた毛長馬が、呑気に枯草を()んでいる。平和っていいな。


「……」

「……」

「……」


「…………て」最初に沈黙を破ったのはヒョロノッポ。

「テッメエそれで済むと思ってんのかゴラァー!!」

 彼はボクの髪から手を離し大股で馬車へと歩み寄ると、その横っ腹に手加減なしの蹴りを見舞った。小山ほどもある車体がのたうちながら、そこかしこに木片を吐き散らす。

「お……!! お前っそれは私の馬車だぞ!?」

「るっせェー!! ツノ野郎は黙ってソロバンでも(いじ)ってろォ!!」

「……は、ハヒィ……!!」

 おじさんには精一杯の抗議だったんだろうけど『冠角(ヌーク)』は知識、特に商才に秀でた種族。力自慢の『爪牙(シッド)』に(にら)まれたら、喉を震わせて縮こまるしかない。

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