売れっ子作家
再びナツメ時点に戻ります
「今、どこに向かってるんですか?」
「とある作家のところだよ。 多分君も知っている」
結局、誰に会うかははぐらかされてしまったが、その人物にお金を出してもらうんだろう。
ホームから出て少し歩くと、そこは閑静な住宅街で、犬を連れたマダム風の人とよくすれ違う。
「ここって、高級住宅街なんですか?」
「港区の麻布って知らないかい?」
麻布か……
となると、さっきのはマダムで間違いない。
更に歩いていくと、烏野さんが高層マンションの前で立ち止まった。
「ここの52階に、今日伺う先生が住んでる。 行こう」
52階って……
マンションはフロアが高くなればなるほど値段がつり上がっていくんだっけか。
一体どんな金持ち作家が住んでいるんだろうか。
俺の好きな作家だったら、ちょっとテンション上がるけど……
エントランスに入ると、烏野さんがインターホンで相手の先生を呼び出した。
「今開けますんで」
結構若い感じの声だ。
実はかなり緊張していたが、大御所の作家じゃないみたいで、俺は少し安心した。
自動ドアが開くと、エレベーターに乗って52階に進んだ。
「ここだよ」
「……な、仲良!?」
表札に仲良書いてある。
まさか、これから会うのって……
「そう、あの仲良先生だ」
説明するまでもない。
元芸人で、花火で直木賞を取って以降、ヒット作を連発している超売れっ子作家だ。
「仲良先生とは面識があるんだ。 以前、僕が務めていた出版社でも本を出したことがあって、重版が決まった時のお祝いで飲み会を開いた時に、一緒に写メを撮ったんだ」
……面識って、それだけ?
烏野さんが呼び鈴を押して、数秒後に本物の仲良先生が現れた。
「あ、えーと…… どうぞ」
名前を思い出せなくて困った時の間みたいなのがあったけど、大丈夫か?
そんな不安をよそに、烏野さんは堂々と部屋の中に入っていった。
居間で待っていると、仲良先生が戻ってきた。
「えーと、こんなものしか無くて申し訳ないんですが」
羊羹とお茶だ。
「ありがとうございます」
俺は、出された羊羹を2つに割って、口に運んだ。
「うん、あんまり甘く無くて、おいしいです」
ふと横を見やると、烏野さんはすでに羊羹を平らげていた。
「ムシャムシャ……」
また一口で食ったのかよ!?
この人どんだけ羊羹好きなんだ……
「ふぅ…… で、仲良先生。 今日伺ったのは、ある作品を自費出版で出したいと思い、資金面での援助をして欲しいからです」
「自費出版ですか。 あなたは確か、何とか出版の人ではなかったですか?」
……おい、曖昧にしか認知されてねーぞ。
「……それは先月までの話です。 実は、ピース出版の方針と合わなくて、独立しました。 彼の書いている小説は、今までの異世界チートの流れとは逆で、舞台は異世界なんですが、まるで脇役のような主人公が、努力で苦難を乗り越えて話を進める、という根幹になっているんです!」
突然俺の話が出て来たけど……
仲良先生もちょっと困った顔をしている。
「うーん…… それってライトノベルの話ですよね? 僕とは畑が違うからなぁ」
「とにかく、読んでみてください!」
いきなりスマホを取り出して、仲良先生に無理やり読ませる。
いやいや……
プロの先生が面白いって言うわけねーじゃんか。
「……どうですか!?」
「え! う、うーん…… 魔法かぁ。 どうなんでしょうね…… はは」
おい、やめろ。
これ以上は恥の上塗りだ。
「これは今までにない作品なんです! ここで出資しなければ、あなたは彼を潰したも同然だっ!」
「えええ……」
こうして、小一時間かけて、無理やり仲良先生を説得した。