第3話:氷の魔術師アシュリー
「どうする? 引き返した方が良いんじゃないか?」
フーガさんが、リチャードさんに問いかけているけど。
リチャードさんは、首を横に振る。
「いま引き返したら、ミコに追いついちゃうだろ? なんか、恥ずかしくないか」
「いや、恥ずかしいとかじゃなくて荷物もそんなにもってないし、帰りのことを考えたら食料も心許ないからさ」
「リーダーが、食料を大量にミコの鞄に突っ込むから」
アシュリーさんが呆れたように突っ込んでいるけど、そうなのか……
私の鞄には、大量の食糧が入れられているのか。
えっ?
じゃあ、フーガさんの鞄に入ってるのって……
「いや、一人じゃ大変だし……敵を避けながらだと、時間が掛かるだろ? だから、食料は多めに入れておいた」
そうなんだ。
なんだかんだで、リチャードさんは優しいんだよね。
でも、ここでその優しさは命取りじゃないかな?
だって、私は一人だし。
私が持ってきた食料は四人分だし。
その大半をこっちに渡すって、どうなの?
私も流石に、来た時の四倍の時間を掛けるつもりはないし。
そもそも、道は完璧に分かるから来た時ほど時間は、掛からないし。
うん、リチャードさんは優しいけど、抜けてるところがあるから。
「そんなに心配かな?」
「うん、心配というか……別れて、一時間も経ってないのに不安しかない」
「一人にされたことがか? 俺がいるのに」
「いや、リチャードさんたちが、ちゃんと生きて戻られるかが不安……いや、ちゃんと生活できるかすら不安」
「すっごく、馬鹿にしてない?」
「馬鹿にしてるんじゃありません! ただ、生活能力が恐ろしく低いんです」
私の返事に、カナタさんがあきれ顔だ。
まあ、ソロの冒険者からすれば、自分のことが自分でできない人達なんて論外なんだろうけど。
そのために、私たちポーターという仕事があるのだ。
「いやぁ、ミコちゃんは過保護すぎると思うよー」
「見てきたようなことを、言わないでください」
「いま、現在進行中でその結果を見せられて、噛み締めてるんだけど?」
そう言われると、反論できないかもしれない。
だって……
「ミコ、ごめんファンデ取って」
「俺でごめん……あと、ファンデってなに?」
「あっ……」
すでに、アシュリーさんが自分の化粧品を、フーガさんに頼んでる。
私と勘違いして。
「いや、なんでダンジョンで化粧直し?」
「あー……アシュリーさんの場合、乾燥肌なので保湿効果の高いファンデーションが必須なんです。肌が乾燥すると痒くなって、集中力が乱れるとかなんとか」
「余計に悪そう。保湿クリームでも塗っとけばいいのに」
「そこは、女の子ですから」
「冒険者なのに」
カナタさんが、すっかり呆れた様子です。
いや、私も最初の頃は少し呆れてましたが。
詠唱途中に痒い所を掻いて、詠唱を中断するのを見て色々と気を遣うようになりました。
こういうのは、本人にしか分からないんだと思います。
「てか、ミコがいないとやっぱり不便」
「そもそも、ダンジョンで置き去りにする意味あったか? 何のために」
「あー……あいつ自己評価が低いだろ?」
「そうか?」
フーガさんの疑問に、リチャードさんが頬を掻きながらポツポツと答えを返し始めます。
というか、自己評価が低いとか思われてたのは、心外です。
私のことを買いかぶりすぎですよ。
見たままの評価で、十分です。
なんですか、カナタさん?
「ん-? いや、あの金髪の言う意味が、よく分かるからさ」
「何を言ってるんですか? 出会ったばかりの人が」
そもそも、カナタさんの前で卑屈になった姿なんか、見せてもいないのに。
何を言ってるんでしょう?
「あれだけの大荷物を持って移動して、どこでも美味しい料理が作れる」
「ああ、ミコの料理は絶品だったな」
「それに、私のケアも抜群」
「いっつも、マッサージしてもらってたもんな」
なぜ彼らはダンジョンで、思い出話を始めたのでしょうか?
緊張感をもって行動しないと、怪我に繋がりますよ」
「俺たち、危ない場面にあったことないだろ?」
「ああ、まあそこそこ実力があるからな」
そうです!
彼らは新進気鋭の若手のホープ。
A級冒険者パーティ、英雄戦線なのです!
「事前にミコが注意してくれてたからよ! 散敵能力も以上に高いし」
「罠の察知能力も、正確だし」
「ポーターならそのくらい、普通じゃないのか?」
そうです、普通ですよ。
あと喋りながら歩いていると危ないですよ?
フーガさんの目の前に、落とし穴が仕掛けられてますが。
気付いていなさそうですね。
「うわっ!」
「ちょっ、【氷壁】!」
落ちてすぐにアシュリーさんが氷で足場を作ったおかげで、酷い事にはなりませんでしたが。
そういうところですよ、フーガさん。
いつも注意力が散漫で、負わなくてもいい怪我を負いそうになるのが玉に瑕ですね。
なんですか、そのジトっとした目は?
カナタさんが私を見る目が、少し厳しいです。
「ミコが優秀で、甘やかした結果だな」
「私のせいですか?」
それこそ、心外です。
私なんかいなくても、彼らは凄いんです!
ほらっ、凄いところを見せてください。
「とりあえず、休憩にするか。いつもより、疲れやすい気がする」
「まあ、いつも丁度良いタイミングで、いつもミコが水とか渡してくれてたからね」
アシュリーさんが、自分で水筒を取り出して水を飲んでます。
ほら、やればちゃんと出来るんです!
……カナタさんの視線が、かなり冷たいですね。
アシュリーさんの氷魔法より、冷たい気がします。
「飯はどうする?」
「ん? 干し肉とパンだけだぞ?」
「ええ? なんで、そんな冒険者みたいな食事なんだ?」
「誰も料理が出来ないからな。調理道具も、ミコの鞄に入れておいたし」
私、一人で帰らないとなのに荷物多すぎませんか?
いや、だいぶフーガさんの鞄に移したから、重くはないですけど。
「重くないって……50kgはあるぞ、その鞄」
「人の心の声に、返事しないでください」
この人も、大概変態だと思います。
なぜ、こうも思ったことに対して、的確な返事が返せるのか。
謎ですね。
「しかし追放側がざまぁ対象にならないと、面白味が無いな」
「人の危機を、面白がらないでください」
「お人よしだなぁ……」
何が言いたいのか分かりませんが、人の不幸を楽しんじゃだめですよ!
怒りますよ。
「なんか、ミコちゃんって……」
「なんですか?」
「お母さんみたいだね」
「……そんな歳じゃないです」
そういう意味じゃないって顔をされてますが、子供なんか持ったことも無いです。
失礼ですね。
「ミコは、一人で大丈夫かな」
「大丈夫よ! さっき、リーダーたちに渡した身代わりの護符。 あれ、五枚ほどこっそり鞄の生地の裏に、縫い込んでるから」
「えっ? 俺たち、一枚ずつしかもらってないけど……」
「当たり前でしょ! あんな高価なもん、一枚でも貰えただけ感謝しなさいよ」
……いま、たぶん私は物凄く驚いた顔をしていると思います。
身代わりの護符……一定量以上のダメージを、代わりに受けてくれる護符です。
元となる護符が、金貨で10枚……
それに魔法使いの方が、魔力を相当量込めないといけないアイテムです。
アシュリーさんでも、一枚作るのに三回は魔力枯渇に陥るレベルです。
そののちに教会で祝福を受けて、聖水に浸して乾燥させて完成です。
さらに対象の登録に、対象者の身体の一部が必要だったはず……
うん、前髪を切ってくれましたね。
このダンジョンに挑む前日に……そうですか。
「チッ、愛されてるなー」
「いや、最初の舌打ちはなんですか?」
「もっとこう、ふざけて調子に乗った奴らが、コミカルに痛い目に合うのを想像してたのに」
「なんて、嫌な性格をしてるんですか!」
カナタさんと一緒に、リチャードさんたちを追いかけたのは失敗だったかもしれない。
「ミコ! 足、マッサージして! むくんで仕方……「それは、流石に俺じゃ代われんぞ?」」
そして、アシュリーさん……いい加減、私がいないのを理解してください。
普段から、どれだけ人任せだったのかがよく分かります。
「人任せなんじゃなくて、ミコが甘やかしすぎた結果だぞー」
「うるさいです!」
あっ……初対面の人なのに、怒鳴ってしまいました。
本人がニヤニヤとしているので、思わず肩にグーパンしてしまいました。
「流石の膂力だな……プロボクサークラスだ」
「ちょっと、何を言ってるのかが分かりませんが、褒められていないことは分かります」
「褒めてるんだけど? やっぱり、自己評価低いじゃん」




