第4話:カナタさんの金銭感覚
「取りあえず、この辺りの事は分からないですよね?」
「そうだね、なんたって初めて来た町だしね」
いま、町の大通りを歩きながらとある場所に向かっている。
「ちなみに、お金とか持ってますか?」
「うーん、この国のお金は持ってないかな……でも、俺の国のお金や宝石類ならちょっと」
そう言ってこれまたどこから取り出したのか、革袋を開いて見せてくる。
うぉっ、すげっ!
中を見ると、どこのものか分からない金貨や大金貨が大量に入っている。
その他にも無造作に、青や赤、緑色の宝石が大量にゴロゴロしている。
中には黒いものや、薄く光を放っているものもある。
「あの……カナタさんって貴族か何かだったんですか?」
「ん? そんな大したもんじゃないよ。昔の貯蓄ってやつかな?」
昔のって、いったいあんたいくつなんだよ……
どう見ても、20代前半にしか見えないだけど。
「ちなみに、カナタさんっておいくつなんですか?」
「うん、28だよ?」
うおっ! めっちゃ年上だった。
ていうか、そう言えばイースタンってみんな童顔なんだった。
正直、20か21くらいだと思っていたから、これはかなりの衝撃だ。
「ああ、こっちでもやっぱり東洋人は若く見えるのか?」
「こっちでもの意味が分かりませんが、そうですね。5歳から10歳、凄い時は20歳以上若く見られる事もあるみたいですね。なので、女性のイースタンはよく貴族の奥様や御令嬢に呼ばれて、若さを保つ秘訣を聞かれたりしてるみたいですよ」
「ふーん……(人種が違うんだから無駄だよね)」
最後なにかボソッと言いませんでした?
間違ってもそれ、貴族様方に言わないでくださいね……殺されますよ。
っていっても、この人も相当な身分の人っぽいけど。
「ちなみに職業とか聞いても……」
「ん? 現場監督みたいなもんかな?」
ああ、ガテン系でしたか……ってんなわけあるか!
っていう事は、やっぱり相当な身分の人って事だろ。
どう考えても、肉体労働者じゃないから、100万メートル上空から人を見下しながらこき使う側の人だったんだろうな。
良い人っぽいから、この人の下ならそれでも耐えられそうだけど。
でも、公私混同の差がめっちゃ激しい人も居るしな。
まるで、二重人格じゃないかってくらいに変わる人もいるし。
チラッとカナタさんの方に目をやると、ニコニコと笑っている。
ないないない……きっと、現場でも凄く良い人っぷりを発揮してるに違いない。
そして、この財力。
きっと、この笑顔にやられて皆一生懸命働くんだろうな。
「じゃなくて……そうだ、宿に泊まるのにお金が無いと困りますよね?」
「ん? 俺は別にエンの家でも良いけど?」
うん、僕が家を持ってたらそれでも良いんだけど、生憎居候の身なんだよね。
まあ、身を寄せているところは、一人くらい快く引き受けてくれるだろうけど……
チラッとカナタさんの方を見て、大きく溜息を吐く。
きっと、あんなところに連れて行くのは失礼だろうな。
「いや、ちょっと自分も居候の身でして……それに住まわせてもらっててあれなんですけど、案内するにもカナタさんのような育ちの良さそうな方には……」
「ん? そういうのは、気にしないよ? じゃないと、仮冒険者の家で良いなんて言わないって……でも、居候だったら、ちょっと相手さんにもちょっと迷惑掛けるのも気がひけるしね」
そう言って、カナタさんは顎に手を当てて考える。
街灯が良い感じに横から当たってて、平べったい顔とはいえ陰影がはっきりしてカッコいい。
うんと言った感じでカナタさんが手を打つと、何かを差し出してくる。
「これで、宿代貸して?」
そう言って差し出してきたのは、親指程の透明な石だ。
凄く珍しいカットがしてあって、街灯の光が中で乱反射して輝いている。
「っと! ちょっと!」
慌ててその石を奪って、手で隠す。
「こんなところで、おもむろに変なもん出さないでくださいよ! 悪い人に見られたら何されるか」
「えっ? ここって治安悪いの?」
いやいやいや治安が良くても、町中でいきなり宝石を出すような人を見かけたらよからぬことを企む人も居るでしょう。
っていうか、ああどうしよう……誰にも見られてないよね。
仮に受け取ったとしても、これ見られてたら襲われるの僕だよね?
「お金貸して?」
「はああああ……ていうか、この石が買えるような大金もってませんよ。っていうか、これなんなんですか?」
「ん? ダイヤ?」
なんで疑問形? ってかダイヤ? ダイヤっていま言いました?
ちょっ、無理無理無理無理! こんなサイズのダイヤとか、軽く家が買えるし。
「いりません……」
「ああ、宿代だけで良いよ。余った分はこの街に居る間の、観光案内のガイド料って事で」
なんなんだこの人は一体……
どう考えても、一般人の感覚じゃないよね。
きっとあれだ……とんでも無い金持ちなんだな。
今なら王族って言われても信用出来てしまう。
「取りあえずこれは返します!」
「なに、大声で」
よしっ、これで取りあえずは僕がこの石を持ってないアピールは出来た。
あとは、この人の宿だけか……
「えっと、取り合えず宿代は貸しておくので、明日宝石か金貨を換金して返してください」
「ええ、面倒くさいから石であげたのに」
その手間賃プライスレスとでも言いたいのですか?
差額で、専用の執事を8年くらい雇えますよ?
むしろ、人を雇ってその人に頼めば良いのでは?
それを口にしかけて、やめる。
どう考えても、その役目は僕に回ってきそうな気がする。
なんとなくだけど、この人と深く関っちゃダメな気もするし。
よし、満足するまで町の案内はするけど、それだけ。
それ以降はただの知人ってスタンスでいこう。
「ああ、石預けとくから明日換金してきて。差額は手数料って事で……」
「あのね、手数料だけで僕10年遊んで暮らせますよこれ!」
「良いじゃん遊んで暮らせば?」
いやまあそうなんですけどね。
でも、10年後にまた働けって言われても無理だし。
「っていうか、遊んで暮らさなくても何かあったときの貯蓄にすればいいのに」
「はああ……あまりに額が大きすぎて、受け取れないって言ってるんです」
「真面目なんだね……いや臆病なだけか」
ちょいちょい失礼だ。
この人出会った時からちょいちょい失礼だ。
あのニコニコした笑みも、よくよく見ると僕の反応を楽しんでる感じの笑みだよな。
この人良い人だけど、良い人じゃない!
基本良い人の、意地悪な人だ!
きっと今だって、僕の反応を見て楽しんでるだけだよ。
でも、たぶん受け取ったら受け取ったで、なんとも思わないんだろうな……
なんか、掌で遊ばれてるようで癪だけど、しょうがない……器が違うってこうい事なんだろう。
「もういいです。今の手持ちで泊まれるところだと、お風呂は無いですけど良いですか?」
「駄目って言っても無理なんだろ? いいよそこで」
一言多いってこういう事を言うんだろうな。
もういいや……凄く疲れた気がする。
しばらく大通りを進み、小道にそれたところにある建物に入る。
ベッドに座ってパンを抱いたおっさんの絵の描いてある看板が特徴の宿屋だ。
その名も小麦の薫り……宿屋だよね? 宿屋の要素どこ?
でも、確かにこの看板が表す通り、ここのパンはそこそこ美味しい。
問題はこのこんちくしょうな金持ちが、そのパンに満足してくれるかだが。
でも、クレームとか言うような人に見えないから大丈夫だろ。
扉を開くとカランコロンという小気味良い音が店内に鳴り響く。
すぐに奥から、爽やかなお兄さんが出てくる。
ここの2代目予定のお婿さんだ。
「はい、いらっしゃいってエン君じゃないか。どうした? またパンの耳か?」
「ちょっ! いや、今日はお客様を連れて来たんだよ」
「ああ、それはゴメンね。後ろに人が居るのに気づかなくて」
後ろを振り返ると、相変わらずニコニコとしているがその瞳にはどこか憐憫の色が混ざっている。
「エンも苦労してるん「ストーップ! 大丈夫です……ここのパンの耳が好きなだけです」
みなまで言わせない。
だって、惨めになるからね。
「すいませんね。お客様とは知らず、お恥ずかしいところを」
なんか、僕が恥ずかしい奴みたいに聞こえるから止めて。
取りあえず宿代を立て替えて、明日何かを換金して返してもらう事になった。
「ああ、お兄さん。ちょっと小腹が空いてね。ご自慢のパンで残ってるものがあるなら頂きたいんだけど、ちょっとこの国のお金を持ってなくて……これで「はいストップ!」
袋から金塊を出そうとするカナタさんの手を押さえて、自分の財布から大銀貨を出す。
唯一入っている大銀貨だ。
ちょっと前に、希少種の薬草を見つける事が出来て貰った報酬だ。
貧乏性な僕には使う勇気が無かったが、今なら使える気があした。
「すいませんヨルグさん、これでこの人に食事をお願いします。(これも貸しですからね。)」
小声でしっかりとカナタさんに釘を刺して置く。
金返せよって事じゃなくて、あまり目立つなって意味で。
「ふふ、分かってるって。だからこの石「ちょっ!」
絶対この人ワザとだ。
そう考えると、色々と納得できる事が多い。
っていうか、この人の中での僕のポジションが完全に決まったみたいだ。
そして、それを覆すことは絶対に出来ないんだろうな……
すいませんギルド回まで辿りつきませんでした。
次こそギルド回!
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