第15話:ペルセウスと北風とバジリスク1
「さてと、まずはギルドカードから見せて貰おうかしら?」
「ちょっ、アリス!カナタさんに失礼だぞ!」
取りあえずという事で、私達の宿舎としている憩いの広場に戻って来ている。
広場といっても、実質はフラットと呼ばれる集合住宅だ。
そこの1つの階層を月に銀貨50枚で借りている。
部屋数は私とアレクの私室、カバチには悪いがカバチはリビングを彼の部屋にしている。
風呂なんてあるはずもなく、トイレは共同。
井戸は一応、西と東の2カ所にある。
台所は釜土が一つだけ備え付けられている。
ちなみにカバチの部屋の件だけど、彼は起きるのも一番早いし小腹が空いたときにすぐに食べ物が食べられるから文句は無いらしい。
そのカバチの部屋、もといリビングに置かれたテーブルで4人で作戦会議を行おうという事になった。
アレクが空気を読まずに、ここに泊まっても良いですよ?と言っていたが、カナタはひとしきり周囲を見渡した後で、いや良いとだけ言って断ってた。
おいっ!
「カナタさんって?」
「いや、C級相当の冒険者なんですよね?それだったら、馴れ馴れしい口調は……」
「ん?F級だけど?」
そうじゃない!
アレクの言いたい事が痛い程わかるが、カナタが盛大にすっとぼけている。
「でも……」
「俺はF級……俺はF級……俺はF級……」
「カナタさんはF級……カナタさんはF級……カナタはF級……」
「よしっ!」
「よしじゃないわよ!」
カナタのよしっという呟きに思わず突っ込んでしまった。
ていうか、こんな事で催眠術を使うな!
というか、パーティメンバーに催眠を掛けるな!
「やっぱり、言ってもバジリスクの居る森に入る訳だしパーティの実力は把握しておくべきだよ」
「そうかな?俺はカナタが嫌じゃ無ければで良いけど」
「僕は、カナタのステータス凄く気になる!」
アレクが見事に催眠に掛かっているのをスルーして、カバチが援護射撃をしてくれる。
「カバチも気になるのか?なら良いよ!ほらっ」
そう言ってギルドカードを提示するカナタ。
なんでカバチの頼み事は素直に聞くんだろ……私なんてか弱くて可憐な美少女なのに。
ごめんなさい……カナタに思いっきり微笑まれてたけど、なんか居た堪れなくなる微笑みだったわ。
「えっ?レベル5しかないの?あれっ?でも横の数字は?」
「補足かな?」
カナタのステータスだが、特に補足するような必要はあるのだろうか?
これはあれかな?補正の事かな?
――――――
レベル5(10∧12)
HP33(10∧13)
MP21(10∧68)
筋力25(10∧12)
魔力14(10∧68)
体力12(10∧13)
敏捷19(10∧13)
スキル
ナイショ
――――――
特におかしな……おかしいところしかない。
まず、横の()内の数字の意味が全く分からない。
それと、スキルがナイショ?ってどういう意味?
というか、ナイショというスキルがあるのだろうか?
確かに謎が多いやつだけどさ。
「特定条件下?それともパッシブでこれだけの補正が入ってるって事かな?」
「いや、体力無さすぎだろう?でも前回のゴブリン討伐の感じだと、体力が無限にあるように思えたんだけど?」
(体力12(10∧13)は体力120兆である。)
「はっ!なんか想像を遥かに超えた数字に見えてきた!」
カバチがなんか言ってるが、私もそんなような言葉が聞こえたような、聞こえなかったような。
うん、気にしたら負けだ。
ちなみに私のステータスは
カナタと同じレベル5だ。
それに、アレクも確か6でカバチが8だったかな?
まあ、カナタも大した事ないって事ね。
(レベルは5兆程度しかない)
なんだろう……何か根底から間違えてる気がしないでも無いけど、気のせいだよね?きっと。
「早速だけどさ、今のレベルだとバジリスクにあった場合、まず逃げる事すら困難だと思う」
「そうだな」
「かといって、今から鍛える時間も無いし……」
「だったら準備をしっかりと整えるしか無いか」
カナタとアレクの間でドンドン話が進んでいっている。
地力をあげるとなると時間が掛かるので、道具に頼ると言った感じだろう。
「幸い相手は金を持ってそうだし、取りあえず貸してあげるからそれで買い物に行こうか?」
「えっ?いや、でもお金の貸し借りはちょっと……」
カナタの言葉にアレクが口ごもる。
確かに私達にはそこまでお金に余裕がある訳では無い。
仮に依頼を達成できればまとまった収入を期待できるかもしれないけれど、現状返す当ての無いものを借りるのは怖いわよね。
はっ!もしかして、実はこいつ悪徳金融?
どうりで良い物を着てるわけだわ。
「違うから!取りあえず、この依頼の達成を確実にするためだから。言ってみたら投資ってやつだな」
「うん、それで確実に依頼が達成できるならね」
実際のところ、ジェネラル戦もこいつのお陰でなんとかなった感じはあるけどさ。
でも、そもそもバジリスク対策となると、石化を解除したり防ぐような道具となったらそれこそ金貨での支払いだし。
仮に石化をどうにか出来たとしても、固いバジリスクの皮膚にダメージを入れられるだけの武器もない訳で。
「取りあえずお店で金額を調べるだけでも、損は無いんじゃないか?明日には出ないといけないから、朝から買い物に行って終わり次第に出発だな」
「そうだね……1週間経ってる訳だし少しでも早く出た方が……いやいや、そもそもなんでこんなレベルの違う依頼を受ける事になってるの!」
ここに来て、ようやくアレクが事の理不尽さに気付いたようだ。
うん、私も流されるままに流れに乗ってたけど、そもそもこの依頼を受ける事自体が間違ってるような。
「受けてしまったものを今更どうこう言ってもしょうがないじゃん?取りあえずやってから考えようよ」
「うん、カバチがいま良い事を言った。皆聞いてた?」
全然いい事言って無いから。
それ、問題点を先送りにしてるだけだから。
そして、後で反省出来る可能性は皆無だから。
パーティ全員……カナタ以外が仲良くバジリスクの胃の中で反省って事もあるからね?
「そうだな……カバチの言う通りだ!」
全然いう通りじゃないからね?
アレクも大分カナタに毒されてるよ?
こうなったら自分だけが頼りだ!
って、この中で一番頼りにならないわ!
「じゃあ、俺はこないだ泊まったところに居るから、明日朝一でギルドに集合ね」
「えっ?あの一泊金貨1枚のところ?」
「ああ、結構良い寝具使ってて、料理も旨かったからさ。ここに居る間はあそこに泊まろうかと思って」
1泊金貨1枚のホテルの料理とか……凄く気になる。
「この依頼が達成出来たら、良いもんでも食いに行こうか?」
「そうだね」
「美味しい料理楽しみ!」
ああ……うちの頼れる二人がどんどんおバカになっていく。
それなら出発前に食べて、最後の晩餐をしっかりと楽しみたい。
「じゃあ、また明日」
「うん、それじゃあね」
「明日は宜しく頼むよ」
カナタが立ち上がって玄関に向かうのを、2人が見送る。
うん、カナタが帰ったらこいつらに説教だ!
――――――
「で、どういうつもり?」
「何が?」
私の言葉にアレクがキョトンとしている。
「あんな依頼を受けるなんて、正気の沙汰じゃないわよ!」
「大丈夫だって。カナタが居ればなんとかなるよ」
「ウルサイ!カバチは黙ってて!」
こいつも催眠術に掛かってるんじゃないのか?
「ええ?だってこの盾だって、大丈夫、安心してって言ってるよ?」
「はっ?」
そう言ってカバチが取り出した、なんちゃってイージスの盾はしっかりと微笑んでいた。
「盾が喋る訳ないじゃん」
「ええ?喋るよ?撫でると、有難うって言ってくれるし」
ああ、頭痛が痛い。
カバチ……あんた良い奴だったよ。
完全に催眠術にやられてるわ。
「俺の剣は没収されちゃったけどね。ジェネラル用に貸してくれてただけみたい」
「当然よ!あんな物騒な剣持って、これからも冒険なんて出来る訳ないじゃない」
「ええっ?」
私の言葉に、アレクが怪訝そうな顔をしている。
「総ミスリルの剣だよ?前衛職憧れの超強力武器だよ?」
「うーん、そこは僕もアリスと同意かな?」
「カバチまで、酷い!」
私とカバチはお互いに見合わせて溜息を吐いた。
知らないって、幸せな事ね。
「まあ、あれだけの武器と盾を持ってるんだから、明日もきっと何か考えがあるんだよ」
「うん、それにこの盾があればアリスだってちゃんと守ってあげるから」
カバチがうれしい事を言ってくれる。
可愛い事言ってくれちゃって。
「そう言えば、アリスも凄いの貰ってたじゃん?」
「使わないから!」
『えっ?』
私の言葉に、2人から驚きの声が上がっていたが、あんな触れるもの皆凍らせるような物騒な石ころなんて使えるわけないじゃん!
万が一外したら、地面が凍るんだよ?
しかも触れるものって事は、下手したらこの大陸全土の地面が……流石にそれは……
ちょっと怖くなって、考えるのを取りあえず放棄した。




