第4話:エストの村のゴブリン退治1
エストの村は隣の村といっても、通常徒歩で半日は掛かる。
基本的には馬車で向かう場所だ……普通ならね?
しかし私たちのように、クエストや依頼が目的の場合はその限りではない。
今回の依頼の報奨金は金貨で1枚だ。
依頼内容は、ゴブリンの目撃情報が村人から多数寄せられていて、また農地等も被害にあっているとの事。
それに家畜にまで被害が出始めている。
牛がすでに2頭ほど行方不明らしい。
牛の値段が1頭当たりが枝肉で金貨1枚……牛1頭500kg程度として、枝肉で300kg、食べられるのは130kg~140kg程度だ。
この辺りだと枝肉を各部位に分けて、食用にすぐ使えるように加工するとトータルで金貨1枚と銀貨50枚くらいになるが、村から町に卸す時は枝肉が主流だ。
そして切り分けた時に出る差額が精肉店の儲けになる。
全部が完売という訳にはいかないから、その辺を考えて割と値段が跳ね上がる。
3頭目の被害が出る前になんとかして貰いたいというのが、村の実情だろうね。
それ故にたかだかゴブリン退治で金貨1枚。
依頼が達成出来たら結構良い稼ぎのように思えるが……まず馬車を使うとその移動だけで4人で銀貨10枚は取られる。
さらに村で最低1泊、下手したら2泊以上かかるとなると、村の宿泊施設の相場だと一泊素泊まりで1人当たり銀貨2枚と銅貨50枚で4人一泊でこれまた銀貨が10枚だ。
勿論素泊まりだから、食事もこちらで用意しないといけない……
薬草や武具の手入れ……他にも討伐中のその他消耗品が必要となってくる。
となると、金貨1枚と言えば聞こえはいいが、実質この依頼をスムーズに二日で達成出来たとしても、手元には銀貨50枚残れば恩の字だ。
となれば馬車なんて到底使う訳にはいかない。
なので徒歩で移動することになった。
「結構歩いた気がするけど、あとどのくらいかかるの?」
「このまま何事も無ければ4時間くらいかな? 半分は越えてるし」
「よっ! はあ……」
アレクの答えに思わず膝を付く。
結構限界に近い。
「どうしたのアリス? 何か落ちてるの?」
横でカバチが私と同じようにしゃがみ込んで、下を一生懸命見ている。
こいつの馬鹿っぷりに思わず笑いそうになるが、疲れてそれどころじゃない。
「いや、ちょっと疲れただけ」
「女の子には厳しい距離だね。アレク、ここら辺で少し休憩にしようか?」
「ええ? さっきもそう言って休憩取ったのに……これじゃ、着くころには日が暮れちゃうよ?」
戦闘職と一緒にしてほしくない。
例え男だとしても、魔法職にこの距離を歩くのは辛いと思うわ。
これでも、カバチもアレクも余裕がある訳じゃ無さそうだし。
実際に、肩で少し息をしているようにも見える。
たださ……その横でニコニコと私達を見ている少年は話が別だ。
ここに来るまで周囲をキョロキョロしたり、鳥だリスだ不思議な木の実だと景色を楽しむ余裕さえある。
最初の2~3時間くらいは、どうせその細い身体じゃ途中でへばるんでしょ? とかって思ってたけど、先に私の方がへばってしまったのは悔しい。
「う~ん、でも無理してヘトヘトの状況で何かに襲われても困るし、体力は常にちょっと余裕を持たせといた方が良いと思うよ?」
「何かってなんだよう……」
カバチが情けない声を出しているが、たしかこの辺りで危険度の高い魔物と言えば、グレイハウンドの群れか、ラージバットくらい? あとは地味に小型のキラービーが飛んでいるくらいだったと思うけど。
「急に襲われても走って逃げられるくらいの体力を残して置かないとね? 安全マージンは取り過ぎて悪い事は無いんだから」
「はあ、一番元気そうなカナタにそう言われたら、従うしかないか」
「ていうか、なんでカナタはそんなに元気なのさ?」
アレクがカナタの言葉に従って、適当な切り株に腰を掛けて水筒の水を飲み始める。
私も這うようにその横に移動して、座ると水筒の水を……って嘘……もう空なの?
気が付いたら私の水筒はすでにすっかり軽くなっていて、口に入れてすぐに空っぽになってしまった。
疲れているけど仕方ない……
「我が魔力を糧に水を生みたまえ【ウォーター】」
魔法を使って水筒の水を満たす。
一気に疲れが来るような感覚だ。
魔法って体力は使わないはずなんだけどね……
「俺だって疲れてるよ?」
「嘘だー! だって、汗もかいてないじゃん!」
遠くでカナタとカバチが何かを話しているのが聞こえる。
どうでも良い……少しでも体力を回復させないと。
「なんだ、水が無くなったなら言えば分けてやったのに」
「いや、そしたらアレクのが無くなるじゃん」
なんだかんだで、リーダー的ポジションに居るだけあって、アレクは意外と細かい気配りが出来る。
すでに私の荷物の3分の1はアレクの鞄に移している。
申し訳ない……けど、女の子だししょうがないよね?
視線を斜め下に落として、ゆっくりと呼吸を整えているとカナタの靴が視界に入って来る。
ていうか、こいつ靴無駄に綺麗ね……もしかして、魔法の靴とかなのかな?
魔法の靴? はっ! こいつズルしてやがったな!
「これ食べる?」
と思ったら何かを差し出してくる。
これはクミナの実?
「そこの木になってたけど、酸味があって美味しいよ? それに体力を少し回復させる効果もあるし」
そういえば、クミナの実は微力ながら体力回復の効果があるんだっけ? 本当に気休め程度だけど。
腹いっぱい食べれば多少はマシかもしれないけどね。
「あ、ありがとう」
というか、なんだかんだ言ってこいつもそんなに悪い奴じゃないのよね。
アレクやカバチに対する対応を見る限りじゃ、どちらかというと良い奴だし。
たまに、私に対してのみ冷たい気がするけど……はっ! もしかして好きな子には意地悪したくなっちゃうとかっていう典型的な
「変な事考えてる?」
「考えてません!」
なんでか知らないけど、たまに心を見透かしたような事を言ってくる。
色々と気味が悪いような気もしないでも無いけど、まあ概ね良い奴って事で納得しておこう。
「あっ、そうだ水筒貸して?」
「なに、貴方も水が無くなったの? 欲しいなら欲しいって言えばいいのに」
私はちょっと勝ち誇った感じてカナタに言うと、手に持った水筒を手渡す。
えっ、でももしカナタがそのままその水筒から水を飲んだら、これって間接キス? って、まあ冒険者やっててそんな事を気にする方がどうかしてると思うけど。
と思ったら、カナタがちょっと小ばかにした表情でこっちを見ていた。
もうっ! やっぱり水筒渡すんじゃなかった。
「って、何してるの?」
「ん? この実の果汁を水に混ぜたら、ただの水にも体力回復の効果が移るからね」
カナタはどこからか出した鞄から、綺麗な布を取り出しそれにクミナの実を包んで水筒の口の上でギュッと絞る。
てか……その布めっちゃ高そうなんですけど?
絹って奴じゃないよね?
あーあ、せっかくの純白の布が果汁で紫になってて勿体ない。
それ落ちるのかな……でもクミナの良い匂いが周囲を包み込んでいて、心地が良い気もする。
「ああ! アリスのだけズルい! カナタ僕にも僕にも!」
「ふふっ、良いよ。はいアリス」
カバチがカナタに纏わりついておねだりしている。
こいつって本当にガキよね……
「ありがとう」
カナタから水筒を受け取って、中の水を少し口に含んでみる。
ただの水から心地よい爽やかな酸味が感じられ、クミナの良い香りが鼻から抜ける。
不思議と疲れがかなり取れたような気がする。
「美味しい!」
折角の余韻を台無しにするような大声がすぐ傍から聞こえる。
まあ、言うまでもなくカバチなんだけどね。
「痛い!」
「こんなところで大声出したら、魔物が寄って来るでしょ」
カバチの頭を杖で軽く殴る。
いつもより、かなり弱く殴ったつもりだが、カバチはやっぱり大声を出した。
条件反射みたいなものか……黙らせるつもりで叩いたのに逆効果だったようだ。
「ふふっ、今のはアリスが正しいかな?」
「もう、カナタまで! でも、カナタの言う通りだね。ごめん」
おいっ!
私が注意したのに、なんでカナタの言う通りになるのよ!
本気でカバチを叩きたい衝動を堪えつつ腰を上げる。
うん……体が軽くなった気がする。
「おっ、お嬢様もようやく元気になりましたか?」
そんな私の様子を横目で見ていたアレクが、白々しい事を言ってくる。
今までお嬢様扱いなんてされたことないし。
「うるさいわね。でも、もう大丈夫よ!」
「うんうん、口も元気になったみたいだし、それじゃあもうひと踏ん張りしましょうか」
ひと踏ん張りがあと4時間の徒歩移動とか、なんの冗談だと言いたい気がしないでも無いが、結構間で休憩を取ってくれるので助かる。
割と絶妙なタイミングでカナタが切り出してくれてる事だけは、感謝しないとね。
にしても、さっきのクミナの実といい、その果汁を水に混ぜる方法といい割と優秀な冒険者なのかもしれない。
事実3人だけの時よりだいぶ体力や気持ちに余裕をもって動けている気がする。
それに魔物とのエンカウントも殆ど無いし。
同じ距離を歩いたはずなのに、休憩中もずっと立ってカバチの相手をしているカナタを見て思わずため息が出る。
まるで今から出発するかのような爽やかさが、一周回ってイラッとしたのは内緒だ。
短めです。
明日も投稿できるようお仕事頑張りますm(__)m




