第2話:不思議な少年カナタ
取りあえず、場所を移してから自己紹介をすることにした。
驚いた事に彼は1人で西に約40km程いったところにある、レイクポートの町から流れてきたらしい。
そういえば、あそこって魚が結構美味しいって噂よね。
それで、今は私達が拠点としてるネクストフォレストの町の冒険者ギルドに居る。
ギルドは昼時という事もあって、そんなに人は居なかったので取りあえず先の冒険で倒したゴブリンとスライムの核の買取をお願いして、その間に飲食スペースで自己紹介を始める。
「私はアリス! でこっちがアレク、彼はファイターで前衛担当ね。貴方の横にいるのはタンクのカバチ! 一応彼もファイターだけど、彼は防御専門ね。で私が魔法使いってわけ」
「どうも、アレクです! 先ほどはお互い危なかったですね」
白々しい。
コイツは真っ先に逃げたように見えた……後衛の私を置いて。
「ちょっ! 睨むなよ! 一旦奴の死角に入ってから、一撃をと思ったらお前らが凄い速度で逃げるからさあ! 逆に置いてかれたのは俺だっつーの! ついでに、グレイベアにも置いてかれたけど……」
そう言ってアレクが溜息を吐く。
まあ、確かに言われてみれば……
いや、確かに置いて行ったといえばそうかも?
まあ、おあいこって事にしときましょう。
「どうもカバチです。武器は盾! 防具も盾! 皆を守る盾ファイターのカバチです!」
何故二回も名前を言ったのだろう?
まあ、頭が色々と残念ではあるがこれでも、うちでは優秀な盾役だからいいけどね。
「次は貴方の番ね! 貴方は?」
「ああ、もう一度名前から言っておくね。俺はカナタ! まあ、見た通りイースタンらしいから、取りあえず東の大陸とかってのを目指してるんだけどね」
やっぱりイースタンのようだけど、記憶が無いのかな?
それとも、訳ありかも?
「ふーん……というか、東の大陸に渡る方法ってのはまだ見つかって無いし、それもイースタンの人があるって言ってるだけで、あるかどうかなんて分からないわよ?」
「ちょっと、アリス! もう少し言葉を選ぼうよお」
カバチが何か言ってるけど、当の本人は特に気にした様子もなくニコニコしているからいいじゃない。
「うん、それは知ってるけど、まあ東の果てまで行けばなんとかなるさ。あと職業は無職だから。特にこれといって得意なものも無いし」
冒険者やってて無職ってのも変な話よね。
というか、それなら冒険者を名乗ればいいのに。
それに、無職で得意な事も無いのにF級冒険者になれるだけでも結構凄いと思う。
「じゃあ、すぐにでも東に向かうの?」
「いや、取りあえずはここで適当にブラブラしてからかな? 特に急ぐわけでも無いし」
割とのんびりとした性格らしい。
まあ、旅の目的もおぼろげなものだし、案外いい加減な性格なのかもしれない。
「じゃあここに居る間、俺達と一緒に行動するか?」
馬鹿アレクがまた何の考えも無しに勧誘を始める。
無職なんか仲間にしたって、荷物持ちくらいにしかなんないじゃない。
それに、力……無さそうね彼。
腕も細いし。
ただ、もしかしたらイースタン特有の何かを持っているかもしれないとは思えるけど。
「いや……そこの女の子はあまり歓迎してないみたいだから、遠慮しとくよ」
えっ? 私いま、顔に出てたかしら?
そんな事は無いと思うんだけどなあ……
「アリスったら、また顔に出したの?」
カバチが何やら失礼なことを言っているので、取りあえず頭を殴っておく。
流石、防御担当で石頭だけの事はあるから、当然杖でゴツンとね。
「いったーい! 何するのさ!」
「うるさい! カバチの癖に生意気な事を言うからよ!」
「カバチの癖にってなんなのさ!」
頭を押さえてカバチが何やら文句を言っているが、そもそもカバチ如きが私に文句を言う事自体生意気なのよ!
もう一度杖をサッと構えると、頭を押さえて後ろにのけぞっている。
「もう! すぐにぶつんだから!」
「あんたが、叩かれるようなことを言うからよ!」
そんなやり取りをしていると、クスクスという笑い声が聞こえる。
目の前のカナタさんが、口に手を当てて笑っている。
なんか、この子無職でF級の割には余裕があるのよね……
というか、年齢以上に落ち着いているというか。
「まあ、明日もこのギルドに顔を出すから、その時までに3人で話をしておいてくれるかな? 迷惑じゃなければ、この街の冒険者さんたちの実力を見学してみたいしね」
若干上から目線っぽい発言のようにも感じる。
というか、結構な上から目線だったよね? いま。
これ叩いても良い流れじゃない?
そんな事をチラッと考えただけなのに、彼の目がこっちに向けられる。
その表情は穏やかなのに、一瞬で戦意を削がれるような変な気配を感じる。
「そうだね。俺は大歓迎なんだけどね。自分もレイクポートのF級冒険者さんの実力も見てみたいしさ」
「いやいや、俺は無職だからさ。邪魔にはならないけど、手助けにもならないと思うよ? ただの観光の一環さ」
「ハハッ! 依頼や討伐を観光の一環にしちゃうとは、案外大物だったりして」
アレクがこれまた適当な事を言っているけど、これは要検討ね。
無職だって口では言っているけど、絶対に何か隠してるっぽいし。
それに時たま、このギルドにも居るA級冒険者さんや、B級冒険者さん達のような雰囲気というか、オーラを感じる事もあるし……
はっ! もしかして、ギルドの裏調査員?
そういえば、聞いた事ある。
ギルド職員の中には、F級冒険者や仮冒険者のフリをして、新人パーティに潜り込んでその安全を確保したり、素行調査や、意識調査を行って査定を付けているっていうのも。
もし、この職員の前で著しい結果を見せれば、一気に2階級特進もありえるって聞いたし。
たしか、現場で実際に仕事に対する姿勢を監視していたりもするんだっけ。
これは、もしかしてチャンス? ……いや、ピンチ?
もし、カナタを仲間にしてみっともないところを見せたりでもしたら……
そういえば、さっきも結果的にカナタが私達の方に走って来たから助かったとも取れるし。
もしかしたら、敢えてツインヘッドを誘導してきた線も?
「フフッ、それにしてもあの狼もラッキーだったね? あの熊の方が俺達よりよっぽど食いでがありそうだったしな」
「そうだね! お陰でアリスも助かったんだっけ?」
やっぱり、彼が誘導してきたんじゃないだろうか?
ああ、ダメだ! そう思うと、どんどん彼がギルド職員の回し者のような気がしてきてならない。
これは、仲間に引き込むべきか、やめるべきかゆっくりと2人と話し合う必要がありそうね。
「そういえば、カナタさんはどこか泊まる当てはあるの?」
こらっ! アレク!
余計な事言わないでよ!
これで無いって言われたら、あんたなら誘いかねないわね。
「いや、お金ならあるから取りあえずホテルかな? 一泊くらいはリッチにいってもいいと思うし。という訳でこの辺りで一番良いホテル教えて?」
「ああ、それなら商業区のロイヤルガーデンかな? でもあそこって観光に来た貴族の人達が泊まるようなところだから、安くても一泊金貨1枚は取られるよ?」
「無駄に高いねえ……まあ、問題無いけどさ」
問題無いんだ……
F級冒険者が宿泊に金貨1枚なんて出せる訳無いじゃない!
そんなお金があるなら、装備に回すわよ……
目の前の少年は一応腰に剣らしきものはさしているけど、防具は身に着けていない。
剣士? って訳でもなさそうだし……というか、自分で無職って言ってたし……
この後カナタと別れて、自分の家に戻るまで思考のループに陥ってしまった私はとうとう考える事を放棄してアレクの提案を受ける事にした。




