第2話:絶対この人すごい人だ
「で、キミの名前は? ああ、名前を聞くときは、自分から名乗るべきか。俺は…カナタだ」
なんか、いま一瞬間が空いた気がしたけど、多分気のせいだろう。
カナタさんって、名字かな? 名前か? どっちにしても、めずらしい名前だ。
「あっ、はい。自分はエンと言います。一応仮冒険者です」
「仮?」
変なところに突っ込んでくるな。
基本的に、冒険者ギルドのランクというのは、ある程度一般常識のはずなのに。
それを知らないというのは、ちょっと怪しいかな。
「えっと、冒険者として登録だけした状態で、実績が認められるまでは、冒険者としてのランクが貰えないんですよ」
「ああ、仮免みたいなものか」
仮免? どういう意味だろう?
逆にこっちが、ポカンとしてしまう。
もしかして違う世界は言いすぎでも、どこか遠くの国から来たのかな?
そういえば、見た目も噂に聞いた東方大陸の人種に似ているし。
そうだな、うん! 多分だけど、恐らくそうだろう。
怪しいなんて思ってこめんなさい。
だとしたら、どうやって海を渡ってきたかが謎だ。
この国にも、カナタさんに似た人はときたま見かける。
彼等は基本的にみな東の大陸から渡って来たというが、基本的には漂流しただの、難破しただので、ここに来たくて来たわけじゃない人ばかりだし、戻る術も無いらしい。
でも、普通に暮らす分には問題無いわけで、東の大陸の知識を使って商売をしたり、東の大陸の剣術を使って冒険者になったりして、そのままここに居つく事になっている。
この人も、そういう人の1人なんだろうな。
「仮免というのが何かわかりませんが、イースタンの方がおっしゃるならきっとそうなんでしょうね?」
「イースタン?」
そこで誤魔化しますか?
どう見ても、貴方イースタンでしょう?
ああ、東洋人の方が分かりやすかったかな?
「東洋の方でしょ?」
「えっ? ああ、東洋といえば東洋か……」
なに、その煮え切らない返事。
またちょと怪しく思えて来たけど、今はこの人を頼るしか他に道が無い訳で。
仕方無く生まれの話は切り上げて、建設的な話に持っていく。
「えっと、貴方のように平べったい顔をした黒い髪と黒い瞳を持たれる方を、この地ではイースタン、もしくは東洋人と呼ぶのですよ」
「ふーん、そうなんだ……他にも居るんだ。東の大陸か。行ってみるのも悪くないか」
ん? 行ってみるってなに?
てか、行けると思ってんの?
呑気なの?
「いや、東の海はちょっと訳ありで、船で進む事が出来ないんですよ」
「ん? そうなの? まあ、いっか」
軽いな……
自分のルーツかもしれない大陸の事なのにあっさり諦めちゃったよ、この人。
「それよりも、早く街に行きたいんだけどさ? 道っぽい方に進む? 最短で街に向かう?」
軽く呆れていると、カナタさんに急かされる。
うん、出来れば道っぽい方に戻りたいかな?
「えーと、道に戻りませんか?」
「ん、分かった! こっちだよ」
そう言って、カナタさんが迷うことなく真っすぐ前を歩き始める。
僕は慌てて、その背中を追う。
しかし、普通に歩いているはずなのになんであの靴汚れないんだろう……
魔法の靴か何かかな?
防汚の魔法を掛けてるんだろうな……いいよなー防汚……
一日中靴履いてても足が臭くならないんだよなー。
でも、あれ2足で30000ジュエルくらいするんだよねー。
金貨で30枚とか、薬草を何年集め続けないといけないんだか……
それまでには、流石にE級冒険者くらいにはなりたいけど……
エンさん……
いや、そもそもF級冒険者になろうにも、角ウサギを狩るのなんて無理っぽいな。
あんなに足が早いとは思わなかったし……
エンさん?
どうせなら、魔物らしくこっちに襲ってきてくれたら……いや、あれで結構角が危険なんだよね。
たまに、追い詰められた角ウサギに刺されて死んだ人とか居るってきくし。
「エンさん!」
「うわぁ! ビックリした! ちょっと、大きな声出さないでくださいよ」
突然、目の前にカナタさんの顔があったから、思わず叫んでしまった。
てか、大声出さないでよ。
魔獣来るじゃん。
「はあ…何度も呼びかけたのに、返事をしないからだよ」
「えっ? あっ、すいません。ちょっと考え事をしてました」
逆に怒られちゃったし。
何度も呼んでたのか。
そう言えば、思考の合間合間に名前を呼ばれてた気が。
「それで、なんですか?」
「ん? いや、エンさんはなんで、あんなところで迷子になってたのかなと」
うわぁ……
ストレートに嫌な事を聞いてくる人だな。
いや、普通気になるか。
いや、でもあまり触れてほしくないよな。
冒険者が迷子になって、一般人ぽい人に助けられるとか。
「いや、その角ウサギを追ってたら、いつの間にかあそこに」
「角ウサギ?」
ああ、この人本当になんにも知らないんだな。
溜息を吐いて、角ウサギの事とF級への昇格の条件を説明する。
ギルドにはF級への条件は角ウサギの角をかって来る事と書かれている事も。
なんか、僕たち溜息吐いてばっかだね。
いや、主に僕のせいだし、吐いてるのも僕の方が多いけどさ。
「ああ、F級になるのに角ウサギの角を狩って提出しないといけないのか……」
「はい……ただ、なかなか角ウサギって見つからないんですよね。道から外れないとまず見かけないんですけど、たまたま道のそれも目の前に飛び込んで来たんでつい……」
恥ずかしい。
いや、そもそももしかしたら、角ウサギの罠だったのかもしれない。
こうやって、仮冒険者を森に迷わせて、死んだらその肉を……あ、角ウサギって草食だったか。
「ところで、その角ウサギってあれか?」
そう言いながら、カナタさんが指した指の先には一匹の角ウサギが……
えっ? 角ウサギ! マジで?
ヒャッホー! これで僕もF級冒険者だ!
「ぐえっ!」
慌てて角ウサギに飛び掛かろうとしたら、思いっきり襟首をつかまれた。
ちょっと、何するんですか!
「いや、いきなり飛び掛かったらそりゃ逃げられるだろ……あと、勝手に森の奥に行かれたら、もう探しに行かないよ?」
うう……確かにいまカナタさんとはぐれると、もう二度と助かる気はしない。
でも、だからと言ってこのまま角ウサギを逃がすのも……そう思って目の前の角ウサギに目をやると、ウサギはこっちを、ジッと見つめている。
正確にはカナタさんをだ。
なんで、逃げて無いの?
「おいで、ウサギさん」
カナタさんが耳障りの良い、優しい柔らかな口調でそう言ってレタスの葉っぱを目の前でひらひらさせている。
何やってるんですか貴方は?
それでも、魔物なんですよ?
人間を襲う事も、あるんですよ?
ん? というかレタス?
貴方、何も持ってませんでしたよね?
鞄すら持ってないのに、どこからそれを出したんですか?
ヤバい……混乱してきた。
そんな事を考えていると、角ウサギがこっちに飛び掛かって来た。
「あっ! カナタさん危ない!」
そう言って、カナタさんを押しのけようとして……逆に尻もちを着く羽目になった。
???
なんで?
ていうか、これでもちょっとは鍛えてるつもりだったのに、まるで壁にでも体当たりしたような感触だ。
「おいおい、いきなり何するんだよ?」
カナタさんが、ジトっとした目をこっちに向けてくる。
そして、目の前には角ウサギを抱いてレタスを与えるカナタさん……
角ウサギがなついているだ……と?
「フフ、可愛いなお前」
角ウサギは、角が触れないように気をつけつつカナタさんの鼻先をフンスフンスと匂いを嗅ぐような仕草をしている。
「なあ、エンはというか、なんで冒険者はこんな可愛い生き物を狩るんだ? やっぱり、畑を荒らしたりするのか?」
「えっ? まあ、はい……あとは、たまにこの森で人を襲ったりもするので……」
あれ? 唐突に呼び捨て?
ああ……そうか……、カナタさんの中での僕の評価が下がっていってるのか。
そうだよね……
迷子だし……
仮冒険者だし……
ウサギ一匹狩れないし。
「ねえ、ちょっと角貰うね」
「キュイ!」
カナタさんが唐突に、そんな事を言いながら左手で角の根元を押さえ、右手の人差し指と親指でその少し上を押さえてバキンと角をおる。
肝心の角ウサギの方はというと、耐えるようにジッと目を閉じて終わるのを待っているようだった。
「ああ、ごめんな……痛かった?」
「キュイ!」
全然平気という顔をしているが、目が若干涙目だ。
もしかして、この人テイマーの人だったのかな?
ああ、そうかもしれない。
じゃないと、こんなに角ウサギが従順な訳無いよね。
「これが欲しかったんだろ? ほら、ウサギに礼を言って」
「えっ?」
いや、角が欲しかったというか……厳密にはウサギを狩らないといけない訳で……
自分がウサギを狩ってないというのは、ギルドカードを見られるとバレる訳で。
「いや、ウサギを狩らないといけないんじゃないかなと……」
「えっ? 角を提出したらいいんじゃないのか? とはいえ、こんなに素早いウサギを見習い冒険者が簡単に狩れるとは思わないけど?」
「ギルドカードを見たら、僕が倒したかどうかはバレバレですよ……」
思わずため息を吐いてしまう。
「いや、ギルドには角ウサギの角をかって提出すればいいだけだろ?」
「ですから、角ウサギを狩って……」
「いや、かってだから森で狩ってもお店で買っても、良いって事じゃないのか?」
えぇぇぇ……それって屁理屈ってやつじゃ……
ギルドがそんな洒落みたいな事をするわけない……よね?
あれっ?
ないよな?
「そもそも角を狩ってだから、ウサギまで狩る必要ないよね?」
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