第16話:15階層ボス部屋
休憩部屋から出て、15階層へと降りるとすぐに大きな扉が現れる。
その向こうに、このダンジョンの小ボスが待っている。
僕が緊張を押さえるために深呼吸をしていると、無機質なギギギという扉が開く音が聞こえて来た。
「ちょおおおおっと!」
思わず大声を出してしまったが、この階層はボスしかいないから問題無いだろう。
問題なのはこの人の行動だ。
初ダンジョン、初ボス部屋なのになんの感慨も無く扉を開けてしまうこの空気の読めなさっぷり。
絶対わざとだろ、お前!
隣で、レイドもえっ? みたいな顔をしてます……
「ちょっと、様子見てくる」
カナタさんはそう言うと、バタンと扉を閉める。
「はっ?」
「えっ?」
この人一人でボス部屋に入っちゃったよ。
ポカンと、目の前の閉じられた扉をジッとしばらく眺めていると、隣で同じようにしていたレイドがはっと意識を取り戻す。
「早く追いかけないと! カナタさんが!」
うん、本当にいい子だよレイドは……
絶対あの人無事だからね。
なんでか知らないけど、もうたぶんカナタさんは僕たちが測れるような存在じゃない気がしてきたもん。
案の定すぐに扉は開かれることになった。
そして、扉の隙間から指で丸を作るような仕草をしたカナタさんが顔を出している。
うん、そのマークの意味が分からない。
安全だよって意味なのか、倒したよって意味なのか……
でも、本当は分かる。
カナタさんが言いたい事が……
ちゃんとリポップしてたよ……もしくは、ちゃんと居たよって事が言いたいんだよね?
だって、剣と魔法と薬草の面々が先に行ってるから下手したかちあったりする事もあるし、もしくは倒されてから時間があまり経過していないとボスが居なかったりするからね。
だから、僕たちが昼寝してても起こさなかったし、ご飯に時間を掛けさせたりもしてたんだよね?
「大丈夫みたいですよ! 行きましょう」
無邪気か!
レイドが居てくれて本当に良かったと思うよ。
カナタさんにすり減らされていく心のあれこれを、レイドが見事に補ってくれているような気がする。
F級冒険者になってよかった……こんな可愛い子とパーティ組めて。
余分なのも居るけどさ……でも、F級になれたのはこの人のお陰だからなんとも言えない。
「あの人のOKサインは絶対大丈夫じゃないからね」
「そうですか?」
一応レイドに釘を刺して置くが、彼女にはどうも伝わらなかったようだ。
ええんやで? 僕がしっかりすれば、ええだけやから……お前はなんも心配せんでええんやで?
そんな事を思いながら、ゆっくりと部屋の中に入ると……
中を見渡すと、かなり広くなっていて結構自由に動き回るだけのスペースはあった。
それに今までと違って天井が光を放っていて部屋の中も割と見やすくなっている。
それに壁も大分頑丈になっているようで、床も綺麗な石畳が敷かれている。
そして部屋の中心に目をやると。はい、居ましたよ!
立派な強敵が居ましたよ!
しかも、成長しましたね私の友達……大きさがほぼ倍くらいになってますね。
その鱗もとっても立派になりましたね。
知ってます……ラージアーマーリザードですね……
何故かラージアーマーリザードは僕とレイドをジッと睨み付けている。
先に入ったカナタさんには目もくれない。
「良かったな。ちゃんとボス居たぞ」
うん……全然良くないんですけど?
そんな事を思っていたら、カナタさんはスタスタと僕たちの後ろに移動する。
「よしっ、今回は2人だけでやってみろ」
こんな事を言い出した。
知ってますか?
10階層まで僕だけでやってましたよ?
そこから15階層まで2人だけでやってましたよ?
今回はの意味が分からない。
と思ってカナタさんの方を見ると、これまたどこから取り出したのか分からない椅子を用意してそこに座って本を読み始めた。
よ……余裕ですね?
オッケー、オッケー! 2人だけの意味を理解しました。
今回は助言無しって事ですか……そうですか……
死んで来いって事ですね。
ジトっとした目をカナタさんに向けているが、全くこっちを見る様子が無い。
「き……来ますよ」
気付け! 気付け! 気付け! 気付け! 気付いてよ!
と念を飛ばしていると、レイドが小さく警告をする。
ふとアーマーリザードに目を向けると、後ろ脚で地面を蹴っている。
あっ、これ突進が来る合図だわ。
そう思った瞬間に地面が爆ぜた。
いや、比喩でもなんでもなくバンっという音がすると同時に地面が砂煙をあげたかと思うと、凄い速さで巨体が突っ込んで来た。
間一髪、見切りのお陰で体を捻って回避することが出来たが、すぐに尻尾の追撃が来る。
突進しながら、尻尾まで振るうとか器用ですね。
それを飛び越えて、回転して受け身をとるとすぐに剣を抜いてアーマーリザードの方に構える。
横ではレイドもロングソードを抜いてすでに臨戦態勢だ。
「なっ! 早い!」
しかし対象のアーマーリザードは、こっちが身構えた瞬間には方向転換を済ませており、またも突進してくる。
それを横っ飛びで躱しながら、すぐに距離を詰め……れないだと?
こっちが体制を立て直すころには、相手は勢い余って大分離れたところまで移動している。
部屋が広い事が返って仇となったというか、そのための無駄に広い部屋なのだろう。
「くっ、レイド! 僕が囮になるから、奴がこっちに向かったらすぐに斬りかかってくれ!」
僕はレイドにそう指示を飛ばすと、ナイフを取り出してアーマーリザードに投げつける。
ガキンっという音がして、簡単に弾かれてしまったがどうやら注意を引き付ける事には成功した。
やつは、こっちを睨み付けてまた後ろ足を踏み鳴らしている。
さあ、来い!
次の瞬間、またも轟音を響かせてアーマーリザードが突進してくる。
今度はギリギリまで引き付けてから、身を躱す。
そして聞こえてくるガキンという衝撃音。
「くっ、固いです!」
恐らく全力で斬りつけたのだろう。
レイドがその衝撃に、顔を歪めている。
ていうか、刃物が通らないとかどうしたらいいんだろう。
「フフッ」
その時背後から不敵な笑いが聞こえる。
カナタさんが、僕達の不甲斐なさを見てほくそ笑んでるのだろう。
ちょっとイラッとしつつ、そっちに目をやると……
めっちゃニヤニヤしながら本を読んでた。
そうでしたね……貴方はそういう人でしたね。
「カナタさん楽しそう……そんなに、あの本面白いのかな?」
流石のレイドも呆れたように呟いている。
とはいえ文句を言うのは、こいつを倒した後でだ! ってもう!
一瞬目を放した隙に、目の前にアーマーリザードの巨体が迫っていた。
先の突進と違い、身を低くして手足を物凄い速さで動かして迫って来ていた。
どうにかこれも横っ飛びでって、方向転換する!
見切りによって、奴の次の行動が思考に割り込んでくる。
片手を地面について、慌てて後方に飛ぶ。
そのすぐ目の前を、奴の尻尾がスレスレでかすめていく。
一気に背中が冷たくなるのを感じた。
そうか、あの移動だと細かな方向転換やブレーキが利くのか。
「これって……勝てるんですかね?」
レイドも不安に思ったようだ、額に汗を流し始めている。
というか、無理でしょ?
どうしろっつーの?
剣は弾かれるし、そもそも攻撃を当てる事自体至難なんですけど?
っと!
今度は地面が爆ぜる音がしたから、突進だろ。
それなら慣れて来たし、楽勝だ……身を捻ってぎりぎりで躱して、どうにか奴の身体の側面に剣を入れる事が出来たが、ギギギギギという音と火花を散らすだけで、ダメージは入っていないようだ。
あっ!
「危ない!」
僕が気付くと同時に、レイドも叫ぶ。
僕が躱した事で奴は勢いを殺せないまま、カナタさんに向かって突っ込んでいったのだ。
まあ、よくよく考えたらカナタさんが攻撃されない理由も無いし当然か。
アーマーリザードの方もそのままの速度で突っ込んでいくと……
ドンっという音がした。
そう……あの巨体で後ろ足で地面を蹴って飛んだのだ。
そしてそのままカナタさんを飛び越えて、壁を蹴って三角飛びの要領で戻って来た。
マジでカナタさんってなんなの?
てか、なんでアーマーリザードもカナタさんに攻撃しないの?
そんな事を思いながらそっちに目をやる。
目の前では立派な椅子に足を組んで座って、片手で本を持ってそれを呼んでいるカナタさん。
そして、その前に護るようにして立ってこっちを睨み付けている全長4mを優に超すラージアーマーリザード。
そして、剣を構えて対峙する男女……
なんだろう、凄く絵になってるけどあーた、僕たちのパーティメンバーだからね?
むしろ、立案者だからね?
立ち位置おかしいからね?
そんな突っ込みを心の中でしながらもしっかりと剣を握り直す。
明日はもしかすると、私用のため更新できないかもしれません。
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