第10話:メルスのダンジョン
「お待たせ! 待った?」
「ううん、いま来たところ」
カナタさんがフラフラするので、約束の時間よりちょっと遅くなってしまったが、レイドはお約束のセリフで気を遣ってくれている。
「にしても、初めて来たけど凄い活気だな」
「うん、僕もソロだったから、ダンジョンには来たかったけど踏ん切りが付かなくて」
「おい、エン! あれはなんだ?」
目の前には、多くの冒険者の姿があり、また色々な屋台もあって賑わっている。
まあ、一般人は殆ど居ないのだが。
「ほお、あっちから旨そうな匂いがしてくる! レイド、ちょっと行ってみよう」
「はい!」
「ちょっ! カナタさん勝手に動かないでくださいよ! あっ、レイドも!」
カナタさんが何かを見つけたらしく、走り去っていく。
レイドがその姿を追いかけ、さらにそれを僕が追いかけていく。
「二人とも、待って!」
ここは、街の北にある船着き場だ。
といっても、ボートしかなく行先も湖の真ん中に浮かぶ小島だ。
この街のレイクポートという名は、この巨大な湖に面している事にちなんで付けられた名だ。
そしてこの船着き場には道具屋や、治療屋、食糧販売店などが立ち並んでいてそれなりに活気がある。
何故なら、この真ん中の小島にはダンジョンがあるのだ。
魔法石を動力とした船で片道1時間30分……というだけでこの湖がどれだけ広いかお分かりいただけただろう。
そして、噂ではそのダンジョンはこの湖の地下一帯に広がっているとか。
ちなみに、そこはメルスのダンジョンと呼ばれていて、なんでも1000年前の大魔族の一人メルスが、自身の霊廟として作ったとされている。
最下層には彼の遺体が眠っており、現在彼はゴーストとして踏破者を歓迎しているらしい。
おい! 安らかに眠っとけよ!
希望者とは、20分限定だが肉体を顕現させて手合わせもしてくれるらしい。
元気な死者も居たもんだ……まあ、相当な魔力を使うらしくて1ヶ月に1組限定らしいが。
ちなみに、彼の戦歴は483戦416勝12敗55分らしい。
まあ、20分逃げ切ったパーティが55組って事だな。
ちなみに、勝者はそこにある魔法の道具を1つだけ持って帰れるらしい。
メルスの墓所に辿り着くだけなら、ダンジョン制覇の推奨レベルはソロで60、4人パーティーなら平均30は必要とされている。
故に、冒険者ギルドではD級推奨ダンジョンとされているのだが……
僕……F級
カナタさん……F級
レイド……E級
うん、全然足りていない。
だが、レベルなら!
僕……レベル6
カナタさん……レベル5(10∧12)
レイド……レベル14
うは……話になんねー!
平均で8.3しかないし……
何故かレベルにまで補正が入るカナタさんに、最大値の12が付いたとして17。
それでも12しかない。
3人パーティーなら35は最低必要な気がするけど……
(注:正確には1兆6666億6666万6666……である)
横を見ると、制覇する気満々の二人が立っている。
その顔を見ると、やっぱやめましょうなんてい言えないしね。
ていうか一応31階層まであるらしくて、10階層くらいまでならE級パーティでもなんとかなるらしい。
ふふ……僕はF級ですけどね。
そんな事を知ってか知らずか、カナタさんは屋台で大量の買い食いをしている。
これから、運動するのにそんなに食べて大丈夫なのかな?
なんて思っていたら、ちゃっかりレイドも奢ってもらってた。
ジッと二人を見つめる。
「カナタさん……エンさんも欲しいみたいですよ」
「ふん、仕方の無い奴め……」
もはや、当初の物腰柔らかな口調はどこにやら、素であろう尊大な口調で話している。
まあ、それだけ気を許してくれたと思えば。
「ほらっ、エンの分も買って来てやったぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ワーイ! 鳥の串焼き買って貰ったー!
「って、違う! これから、ダンジョンに潜るのにそんなに食べて大丈夫なんですか?」
危うく、この二人ののほほんとした雰囲気に呑まれそうになってしまったが、そうじゃない!
そんなに食べたら動けなくなるんじゃないかって事だよ!
そんな僕の心配を他所に、なんだ折角買ってきてやったのになんてことを言いながら、カナタさんが鳥の串焼きを頬張っている。
いきなり不安になってきた。
「大丈夫だ……言っただろう? 俺は戦闘が苦手だって」
「はっ?」
何を自信満々におかしな事を言ってるのだろう。
一番ダンジョン制覇にノリノリな人が、いきなり戦力外宣言をしてしまった。
ず……頭痛が痛い……
「だから、俺は激しい運動をする気が無い!」
そして自信満々に言い切っちゃったよおい!
完全にこっちに戦闘を丸投げする気ですよね?
「安心してください! カナタさんの事は僕が守りますから」
レイドかっけーなおい! っていうか、逆逆!
普通、男がそれ女に言うセリフだから!
っていうか、甘やかしちゃ駄目だって!
同じ冒険者なんだから、立場は対等に!
チラッとカナタさんを見る……うん、絶対に対等では無いな。
色々と、負けすぎてて何も言えない。
てか、絶対戦闘苦手とか嘘なんだよなー……
「おう、レイドは可愛いなー! よしっ、これをやろう」
「ちょっ! またーーーー!」
カナタさんが袋から光る石を取り出して、レイドに渡そうとするのを必死で止める。
レイドが不思議そうにこっちを見ている。
ホッ……良かった、何を出そうとしたのか見られなかったようだ。
と思ったら、カナタさんニコニコしながら目だけでこっちを睨んでいた。
やめて、その笑顔と不釣り合いな視線、本当に怖いんですから……
「なんだよ!」
「お金でなんでも解決出来ると、思わないでください!」
そう叫んで、周囲の視線が集まるのを感じて、一気に青くなる。
こんなに冒険者が集まってる場所で、金持ち暴露しちゃったよ……
恐る恐るカナタさんの方を見ると、不機嫌そうに何言ってんだこいつって顔してる。
はい、すいません……今のは僕が悪かったです。
周囲の冒険者が全て強盗に見えてきたよ……早く、ダンジョンに逃げたい。
さっきまで、あんなに入るのが嫌だったダンジョンが、今じゃ唯一の安全地帯に思えてくる。
「これは宝石じゃないぞ? 身体能力を微々たるものだが上げてくれる魔石だ。それと、致命的な傷を負った時に一回だけ砕けて身代わりになってくれる効果が付いている。大した金額になるとは思えないし、このくらい良いだろう」
バカー! この人本当に馬鹿だ!
身代わりって……んなもん、金をいくら積んだって買えないでしょ!
そんなもんあるなら、商人だって自分で持つに決まってるじゃないですか!
ある意味プライスレス? 無価値? ってんなわけあるかい!
ていうか、むしろ、そんな便利なものあるなら、僕にくれませんかねー?
実質、この中で一番弱くて、一番死神さんと仲良しなのは僕なんですけど?
「いや、それマジでシャレになんないヤツなんですけど?」
「お前には関係ないだろう……俺は、レイドにあげたんだ」
カナタさんは、俺の手から一瞬で身代わりの石を霞めとると、そのままレイドに手渡す。
というか、しっかりと握った手の中にある石を、なんの感触も無く霞めとるとかどうやったら出来るのだろう?
もしかして、この人貴族じゃなくて大盗賊だったのかな?
「えっと……こんな凄いものを受け取る訳には……」
「レイドは俺を守ってくれるんだろ? だったら俺には要らないものだからな……そんな石ころよりよっぽど信頼してるからさ」
そう言って、満面の笑みを浮かべて強引にレイドに石を握らせる。
うん、かっこいいなオイ! 言ってる事は凄くダサいけど。
でも、それでもカッコよく見えるのってずるいわー……
雰囲気イケメンズルいわー……
「さ、それじゃ船の手配も終わったし、行こうか」
完全にイジけている僕を無視して、どんどん進んでいくカナタさん……
もう慣れたけどさ……っていうか、マジで頑張らないと最終的にこの人にとって奴隷レベルまで落とされそうで怖い。
すでに、かなり雑な扱いになってるし……あっ、でも基本的に自分で動いてくれるといえば動いてくれてるし……こう見えて、かなり面倒見が良いのかも……
いやいやいや、騙されるな僕!
本当なら、町を案内して終わりだったはずだろ?
いつの間にか、パーティ組まされて死地に放り込まれようとしてるんだぞ!
危ない危ない……危うく、カナタさんワールドの住人になるところだった。
すでに、レイドはそこの住人になってるっぽいけど。
「それにしても、綺麗な石ですねー。アクセサリーにしたいくらい」
「ん? そうか? ちょっと貸してみろ」
レイドのそんな呟きに、カナタさんが答えるかのようにレイドから石を再度受け取ると、右手の掌を上にしてそれを乗せる。
それから、その掌の上を左手が往復するとあら不思議、そこにはその石が綺麗な白銀の金属の土台にはめ込まれたシルバーのチェーンのネックレスに……って、んなわけあるかーい!
ああ、そう言えば何もないとこから物を出したりしてたし、きっとこの人マジシャンなんだな……魔術師じゃなくて、手品師の方だ。
きっとそうだ。
そうに違いない。
「このチェーンは聖銀製で、破邪の効果もあるし簡単に切れる事無いから、安心して付けておいて大丈夫だぞ。土台も簡単には壊れないし激しく動いても大丈夫だぞ」
「わー……綺麗です! 有難うございます」
カナタさんは中腰になって、レイドの首にそのネックレスを付けてあげている。
うん……様になるけどさ……それ、もう価値が倍々ドンだよね?
なに聖銀って……ヴァンパイアでも狩りに行くのかな?
あー、絶対あの土台もヤバい奴だって……
そのネックレス売れば、人生3周は貴族並の贅沢しても余裕で暮らせるんじゃないかな?
レイド! 気付いて? それ売ったら、もう冒険者引退して普通に暮らす事出来るって気付いて?
「また、エンさんが物欲しそうに見てますよ」
「はあ、しょうがないやつだな……お前にはこれをやろう。一応、お前も俺の盾になるわけだしな」
そう言ってカナタさんがくれたのは、ブッ細工な石ころだった。
ナニコレ?
「物の価値が分かるようになれ。それは、【絶対零度】が封じられた、ただの石ころだ。握って【発動】と念じたら3秒後に発動するからな? すぐに対象に投げろよ? 範囲は触れているものだ。そのまま握ってると凍って砕け散るぞ? それと対象を外して地面に堕ちたら、地面が凍るからな? 本当に気を付けろよ?」
ナニソレ……怖イ。
っていうか、要らないから。
凄すぎるけど、危な過ぎて要らないから……
違う、もっとこう身を守るのに役に立つものが欲しいかなー……
てか、そんな天災級の魔法をただの石ころに込めんなよ!
誰だよ、そんなくだらないことしたもの好きは!
視線の先では、首にはめられたネックレスをうっとりと眺めるレイドが。
っていうか、彼女こんなでしたっけ?
もっとこう、クールで、物静かで、それでいて鋭くて……近寄りがたい雰囲気の男の子……もとい、女の子だったはずなのに。
そんな不条理を嘆きつつ、カナタさんが用意してくれたボートに向かう。
うん……これクルーザーだ!
すげー高い奴だ!
貴族の人とかが、護衛つれて暇潰しにダンジョン散策に行くときに使うやつだ。
バカじゃないの?
もっかい言うけど、バッカじゃないの?
湖渡るだけで、1000ジュエル払うとかマジあり得ないし。
っていうか、僕のお祝いの剣の10倍高いし!
ふざくんな!
マジふざくんな!
そう思ってた時期が、僕にもありました。
ナニコレ……凄イ!
全然揺れないし、シートはフッカフカだし、机にはフルーツ置いてあるし、食べ放題だし。
冷蔵庫の飲み物、飲み放題だし……お風呂もあるし……やばい!
しかも、空調を調整する魔石で、室内は快適だし……
天国や……ここは天国や!
ちなみに、ここのボートは往復契約なので、帰りもこれに乗って帰れる。
マジ嬉しい! ダンジョンから出て、移動中にお風呂入れるとか最高じゃん!
大衆浴場に行くことはあっても、個人で入れるような風呂なんて入った事無いし。
うわー、人生初のリッチな部屋が船とか……一周回って凹むわ!
惨めになって来た……
嘘吐いて申し訳ありません。
ダンジョンの1階層にすら、辿りつけませんでした。
次こそ、ダンジョン内部回です。
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