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たぎつ瀬の  作者: 夕月 櫻
33/39

三十二 蛍火

 闇夜にそびえ立つ高倉の邸に、箏の琴を調弦する音が静かに鳴っている。

 間もなく始まる宴の準備で女房たちがせわしなく行き交う中、薄い二藍ふたあいの直衣を身につけた基冬もとふゆは、頬に涙の跡を残したまま肩に小さな頭を預けて眠ってしまった娘を抱いて、東北ひがしきたの対屋へと繋がる透渡殿のたもとの柱の陰で、わずかに飛び交う蛍をぼんやりと見ていた。

 あの音は母であろう。萩の宮の死以降、楽器に触れることさえ控えてくれた母の思慮深さには見習うべきところも多い。今日、催される宴もまた、さまざまな状況を踏まえた上での母の思いの表れだ。左大臣に対して最大限のもてなしをし、決して間違いを犯してはならぬ。基冬はそんなことを考えながら、背筋の伸びる思いで袖の中の娘を抱き直した。

 これより少し前、邸に左大臣が到着し、東北の対屋を訪れていると聞いて迎えに上がった基冬は、東の対屋のうちから洩れ聞こえる娘のむずかる声を耳にしたのだった。久々に聞く激しい泣き声に驚いて、何ごとかと乳母めのと小宰相こさいしょうに問えば、東北で貰った蛍の入った袋を大事にしとねまで持ち込んでいたちい姫が、蛍を放すことが嫌で癇癪を起こして泣いたのだという。なんとかなだめようと手こずっていた小宰相を早々に退がらせた基冬は、蛍袋を握りしめるちい姫を抱いて外に出ると、静かな声で語りかけた。


「蛍を放すことが嫌なの?」

「い、や。だって……綺麗だ、もの。揺羅、さまが……くれたもの、だもの」


 ひっくひっくと泣きじゃくりながら、ちい姫は途切れ途切れに答えた。そうか、と頷いた基冬は思案げに娘の様子を見つめ、それから尋ねた。


「姫が塗籠ぬりごめに閉じ込められたら、どう思う?」


 抑えられぬ嗚咽で声も出せぬ様子のちい姫は、それでも精一杯考える。


「……いや。こ、わい」


 基冬にはその拙い言葉が愛おしく、小さく笑って頷いた。


「そうであろう? 蛍たちも嫌だ、怖いと泣いているやもしれぬ」


 そう言われて、ちい姫はまじまじと手にした蛍袋を見た。

 小さな袋の中で飛ぶことすらままならず、淡く光りながら外の光景を見つめて布にしがみつく蛍の姿に、ようやく放してあげましょうという揺羅の言葉を理解できたようだった。

 おぼつかない手で袋の紐をほどき、蛍を放つ。闇に吸い込まれていくように光の線を描いて飛び立った蛍を見送ると、ちい姫は鼻をすんと鳴らし、基冬の肩にしがみついてあどけない顔をうずめた。


「えらかった」


 基冬は娘の髪をそっと撫で、小さな背中をとんとんと叩く。


「……小丸こまるも、いつかお別れ、しなきゃ」


 ちい姫が涙の滲む声でそう呟いた。

 基冬は、東北の対にいる小さな鳥を思い浮かべながら、どこか泣きたいような気持ちで肩にある娘のかぶりに頬を寄せ、そうだね、と答えた。

 別れはつらい。何かを永遠に失うのは哀しい。小さな娘は母を喪い、すでに痛いほどそのことを知っている。それゆえの涙であることも分かっているから、基冬はなおさら切なかった。

 ちい姫には、彼女をありのまま認めてあたたかく包んでくれる存在が必要だ。

 本来であれば乳母がその任を果たすのであろうが、残念ながら小宰相にとってのちい姫は、生涯唯一の主人あるじである帝の妹宮が生んだ娘という存在でしかない、と基冬は理解している。母の死をきっかけに、乳母に対してことさらわがままを言って反発していたちい姫も、幼いながらにそのことを感じ取っていたのだろう。

 だからこそ、と基冬は薄暗がりに沈む東北の対屋を見た。

 だからこそ、ここに住まうひとにあれほどまでに懐いたのだ。近しい人を喪う哀しみと孤独を知る者同士、呼び合ったのやもしれぬ。

 基冬はそこまで考えると、小さく息をついた。

 ちい姫の存在を通して、弟の妻との距離がかつてより近くなっていることは自覚していた。それが決して良いことではないということも。




 苦しいほどに基冬の首にしがみついていた小さな手から力が抜け、やがてかすかな寝息が耳元で聞こえる頃、東北の対の妻戸あたりで気配があった。左大臣が娘との対面を終えて出てきたようだ。

 ちい姫を褥に戻すことを諦めた基冬は、眠る娘を抱いたまま端に寄り、透渡殿のたもとで頭を下げて左大臣を待った。

 左大臣の足取りは重く、なかなかやって来る様子がない。訝しんだ基冬が眉を寄せ、のろのろと歩を進めるその姿を窺うと、袖口でそっと目頭を押さえているのが見えた。

 基冬は、見てはならぬものを見てしまった心地で慌てて視線を逸らした。父娘の間で何が話されたかは知らぬが、ただ、いずれにせよ六年ぶりの再会だったのだ、その涙に驚きはない。

 左大臣が近づくのを待って声をかける。


「お待ちいたしておりました」


 その声に、基冬にまったく気づいていなかったらしい左大臣がはっと伏せていた視線を上げ、足を止めた。


「これは……宰相。今宵はお招きいただき感謝しておる」

「こちらこそ、おいでくださり嬉しゅう、有り難く存じます」


 そんな挨拶を交わしたのち、左大臣の表情がふっとゆるんだ。


「愛らしいな……歳の頃は三つ四つか?」


 基冬は、ちらと抱いた娘に視線をやってから小さく頷いた。


「ようやく四歳になりましたが、まだまだ幼く」


 基冬の言葉を聞いた左大臣は、弾けたように笑った。


「何を言うか、未だ四歳ではないか。この世に生を受けて四年しか経っておらぬのだ、おさのうて当たり前じゃ。だが……常々娘から聞いておる、とても聡い姫じゃと」


 可愛らしいな、ともう一度呟いた左大臣は、眠るちい姫の顔を覗き込み、それから小さく息をついた。


揺羅ゆらの幼かった頃を思い出す」


 ふとそんな風に言ってしまってから、左大臣は首を横に振り、まるで言い訳のように言葉を続けた。


「いや……揺羅、と呼んでおったのです。赤子の頃からよう笑う子でしてな。まわりの者も皆、思わず一緒に笑うてしまうほど、娘のまわりには笑いが溢れておった。花も楽器もとばりの羅でさえも、あの子と一緒に笑い揺れておるようだった。だから、揺羅、と」


 じっとその言葉に耳を傾けていた基冬が、わずかな間を置いて小さく、存じております、とだけ答えると、左大臣は少しばかり驚いたように基冬の方を見返した。


「娘がいつもその名で呼んでおりますゆえ」

「まことか?」


 そう尋ね返した左大臣は何ごとかを思うように目を細め、しばらく口を噤んだが、やがて基冬に向き直って頭を下げた。


「娘に、そちらの姫とともに過ごす時間を与えてくださったのだとか」


 基冬もまた、まっすぐに左大臣を見返した。


「厚かましくも娘をお預けしております。娘も慕うておりますし、よう導いてくださって感謝しかございませぬ」

かたじけない……あの子にとっても救いであろう」


 左大臣の口にした救いという言葉の裏に、どれほどの重い意味が隠されているのかを基冬は瞬時に察した。大臣おとど()()()ご存じなのだ。娘と中将との関係が、この邸での状況が、どのようなものであるかを。

 返すべき言葉も見つからず、基冬はただこうべを垂れる。


「この子もまた」


 左大臣は、春恒についてそれ以上何かを言うつもりはないらしかった。基冬の肩にあるちい姫のやわらかな髪に手を伸ばし、吐息をつく。


「大きく重い運命さだめを背負うておるな」


 かなしいことよ、と吐息のように呟きながら髪を撫で、左大臣は小さく笑った。眠るちい姫が小さく呻いて、基冬の首に巻いた腕に力をこめ、しがみつく。


「身内も守れんで、主上おかみをお守りするなど不遜なことじゃ。不甲斐ないと謗られようと、な」

大臣おとど

「そなたなら分かるであろう、宰相」


 左大臣の目が、基冬の伏せがちな目を捉える。


「ちゃんと、守ってやるのだぞ。いや……わたしが言わずとも、そなたは分かっておろうが」


 左大臣は繰り返しそう言った。

 今、この国における実質的に一の権力者でもある左大臣は、帝の寵姫であり一の皇子みこの母でもある娘の藤壺女御を喪ったとはいえ、今なお東宮の外祖父であり、近いうちに太政大臣にものぼるであろうと目されている。間違ったことを嫌う良心とその性格の温厚さに、帝も全幅の信頼を置いておられるのは誰もが知るところだ。そうしてまた、ともすれば敵対を疑われる右大臣家の基冬も、この先達に対しては尊敬の念を抱いていた。

 その左大臣が、娘を守れと言う。その言葉の隠されたもうひとつの意味はつまり、東北ひがしきた主人あるじが今なお中将の妻として高倉ここに在るのもまた、ひとえに左大臣が娘を守らんがため。そういうことか。

 基冬を捉えた左大臣のまっすぐな視線が不意に歪み、わずかに自虐を滲ませた笑いに変わった。


「宰相」

「は」


 ただ黙って小さく頭を下げた基冬に、左大臣が一歩近づく。


「娘を……」


 ひそめた声で言いかけた左大臣の言葉に、基冬は顔を伏せたまま視線だけを目の前の人に向けた。次の言葉を待つ、その間がやけに長く感じた。


「……いや」


 そう言って左大臣は小さく首を振り、二人の間の張り詰めた気配が緩む。


「なんでもない。……久々に娘と会うたゆえ、心弱うなってしもうたようじゃ」


 苦く笑い、左大臣はゆるりと壺を見回した。


「蛍が……飛んでおるな」

「ここ数日、姿を見せるようになりました。ここは都でも北で、川も近うございますゆえ」


 淡々とそう言いながら、数日前、小宰相の後を追う蛍を見て動揺した己を思い出す。妻の気配を感じぬ今なら馬鹿げたことと一笑に付すことができるのに、あの時はやはりどうかしていたのだ。

 左大臣は基冬の言葉に、そうだな、と頷いたきり、何を言うでもなくしばらく蛍を眺めていたが、やがて聞こえるか聞こえぬかというような声でぽつりと呟いた。


「……寂しゅうはなかろうか」


 何を指して言った思いであったか。

 基冬はそれを独り言と理解し、言葉を返すことはしなかった。

 ん……とかすかに唸って父の首にしがみついた娘を抱き直し、じっと左大臣の孤独な背を見つめる。基冬には諦観と後悔の滲んだ背に見えた。腕のうちにあるぬくもりを強く抱きしめる。

 やがて振り返った左大臣は、何かを断ち切ったような表情で、案内あないしてくれ、と基冬の目を見て言った。



     *****



 宴は、どこまでも母の采配によるものであった。

 揺羅から聞いていた、左大臣家の蛍にまつわる悲しい記憶に配慮したそれは同時にまた、未だ宴を楽しむ気にはなれぬ基冬にとっても、ただ穏やかに己が心情に向き合えるような、そんな時が流れていた。

 時折母が手すさびに奏でる箏の琴の音のほかは特に派手派手しい楽の音も舞もない、ただ密やかな人のざわめきだけが満ち、蛍の光だけが飛び交う東の庭を、基冬は少し離れたところからひとり、眺める。

 あくまでも表向きこの宴の主人であるはずの父は、母とは離れた席で最近お気に入りらしい年若い女房を側に置き、黙々と酒を飲んでいた。その父に話しかけているのは左大将、くだん尚侍ないしのかみになりそびれた姫君の父親だ。基冬が手を回したことにより、なんとか左大将の座を追われることは免れたこの男は、春恒はるつねがそもそもの元凶であるにもかかわらず、もはや右大臣家に足を向けて寝ることすら叶わなくなった。この宴に呼んだのは、外祖父である左大臣に他心はないと暗に知らしめるためでもある。

 広廂ひろびさしの隅の方、左大臣の影に隠れる位置に座っているのは、左大臣の息子の大納言祐典(すけのり)だ。三年前の東宮立坊に伴い、東宮の叔父という立場から東宮傅とうぐうのふ*を務めている。左大臣家唯一の息子でありながら、政治の場よりも学問の場に生きている人物だ。基冬と同じ年頃であり、同じく帝の妹宮を妻とする者同士でもあるが、実はあまり関わり合ったことがない。今もまた、派手な振る舞いひとつせず、ひっそりとそこにいる。

 あの左大臣と兄を見て育ったのだ───基冬はふとそう考えた。揺羅のことだ。

 あの良識ある左大臣と学者肌の兄がいる家から春恒の妻となったのだ、うまくいくわけがあるまい。

 そしてまた、なぜ? と考えざるを得ない。たとえ娘を守るためであったとしても、なぜ、大臣おとどはこともあろうに春恒の許へ娘を送ったのか。その判断がどうしても解せぬ。

 そのようなことをぼんやりと考えていると、母の女房である安芸あきがやって来てこそりと囁いた。


「若君、御方さまがそろそろ……と」


 基冬は小さく頷くと、一口の白湯でくちびるを湿らせる。それから客人からは見えぬ対屋の陰に行き、胸元から笛を取り出した。あたりに誰もおらぬのを確認してから、そっと歌口*にくちびるを当てる。今日はこのためにここにいると言っても過言ではない、母に依頼された()()()だ。

 細く愛笛を鳴らす。徐々に音色を上げていく。静かに、しかし確実に、あたりを満たすざわめきを払う。どこからともなく鳴り始めた笛の音に、その場にいる客人たちは皆、狙い通り口を閉ざした。

 基冬が得意とする曲は客人の歓心を巻き込み、高揚する。そうして、基冬が最後の高音を吹き切ったその瞬間、邸に灯されたすべての明かりが消えた。

 声なき驚きの中、突然の闇に慣れた目にひとつ、ふたつ、やがては幾十もの光の軌跡が客人の上に光り始める。

 これを計画した基冬ですら目を奪われてしまうほどの光。

 山深い鄙の地でなく、都の中でこれほどの蛍を見せるためには並大抵の苦労でなかったはずだ。ただひたすら、無理な願いを聞いてくれた是親これちかや家人たちに感謝だ。

 基冬は笛を再び胸元にしまうと、客人たちの様子を窺った。皆、一様にくうを見上げている。ある者は蛍に扇や蝙蝠かわほりを差し出し、ある者は杯を掲げ、この趣向を楽しんでいるようだ。

 主賓である左大臣もまた、蛍に手を伸ばし、そしてその手で袖口を握りしめてまた涙を拭っていた。

 ちくりとした痛みが基冬の胸を刺す。だが、左大臣はすぐにわずかな笑みを口許に載せて、隣にいる祐典に何ごとかを語りかけていた。

 少なくとも、怒らせはしなかったのであろう。小さく安堵の息をつき、またゆっくりと宴の場を見渡した。そして気づく。

 広廂とうちとを隔てる御簾の陰、わずかな隙間から覗く人影があった。東北の主人あるじ、揺羅と呼ばれているひと。両の手でその口元を覆い、息をすることすら忘れたかのように身じろぎひとつせず、無心に蛍を目で追っている。

 基冬は咄嗟に目を逸らそうとした。かつて幾度かあった、そのひととの予期せぬ邂逅───ちい姫の無邪気さが御簾を巻き上げ間近に向かい合った一瞬や、倒れ伏したその女を胸に抱え上げた時でさえも、敢えてその姿を目に映さなかったように。つい先日、春恒と争うところに割って入った時など、の女の上に重なる亡き妻の面影しか見えなかったというのに。

 なぜであろう、今はどうしても目を背けることができなかった。その姿を見てみたい、という欲求に抗うことができなかった。

 左大臣から揺羅と呼ばれる娘の話を聞かされたばかりだからかもしれない。それとも、幾度か交わした文の優美な手蹟に感服していたからやもしれぬ。

 基冬は何を考えるより先に、迷いのない視線を御簾の方に向けた。初めてまっすぐに見る、そのかんばせ

 蛍のかそけき光に照らされた大きな瞳が見開かれる。瞬きもせずに飛び交う蛍を見つめるその瞳から、やがて涙が零れるのが見えた。

 基冬はその涙に気づいた瞬間、わずかに視線を揺らし、見てはならぬものを見てしまったような罪悪感から瞳を伏せた。だが、まるで囚われてしまったかのようにまた、視線を戻す。

 母から常々聞かされていたこの邸にやって来た日のいとけなさや、左大臣が懐かしげに語ったよく笑う娘の姿。そして、基冬自身の記憶に残る、抱き上げた時の少女の如き軽さ。そんなものから想像していたのとはまったく違う、ひとりの女人の姿がそこにあった。

 口元を覆っていた手が下ろされる。小さく吐息を零したそのくちびるが、まるで蕾が綻ぶかのように淡く微笑む。

 涙と笑み、哀しみと喜び、そんな相反するふたつの感情を纏ったそのひとの表情は、幼い少女の純粋さの中にこの世の辛苦すべてをすでに知ってしまったような複雑な気配を漂わせ、基冬の心を打つ。


 ───ただじっとこちらの様子を窺ってばかりいる、面白みもない陰気な女です。ともにいると息が詰まりそうになる。


 かつて、春恒はそう言った。分からぬのか。分からなかったのか。

 よく笑う子であった、という父大臣の言葉とは真逆のその言葉こそが、なによりの証であろう。妻に迎えてからの六年間、妻を理解しようともせずにどれほど苦しめて続けてきたのか、ということへの。

 そこまで考えて、基冬は大きく息をつき、ぎゅっと目を瞑った。

 何を考えている。踏み込んではならぬ───弟の、妻だ。

 己を戒めるようにかたく拳を握りしめ、再びゆっくりと目を開けた時、その御簾の陰にはもう揺羅の姿はなかった。

 安堵と心残りが入り混じる複雑な感情のまま、もう一度息を吐き出し、視線をあてどなく動かす。そしてずっと向こう、勾欄の側でひとり座る春恒の許に、従者の俊行としゆきが慌てふためいたように近寄って何ごとかを伝え、引き立てるようにして主人を連れていくのを見た。

 そのただならぬ様子に、現実に引き戻されたような気分でそちらを険しく見つめていた基冬のところにも、やがてひとりの気配が近づいてくる。いつもなら、許すまで決して側近くには寄ろうとしない従者の是親が、今は基冬のすぐ後ろにひざまずく。


「どうした?」


 背を向けたまま、ひそめた声で訊ねる基冬に、是親は低く答えた。


「たった今、弟君を訪ねて馬でやって来た不審な者がおります。───女です」

東宮傅

律令制に定められた、東宮付きの教育官のひとつ。


歌口

笛の吹き口のこと。

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