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ここより激甘注意報が発動します。

人によっては糖分過多と感じますので苦手な方はブラウザバックをお勧めします。


目が覚めると、そこは見知った部屋だった。


「こ、こは……」

「気付いたか?」

「ふぇいくす、さま?」


長いこと眠っていたのか、舌が回らずに掠れた声が飛び出る。

ゆっくりと声のした方に顔を巡らせば、そこには心配そうな顔をしたフェイクス様が寝台の傍で腰かけていた。


「ああ。どこか痛いところなどはないか?」

「……ありま、せん……」


声を無理に出しているが、身体の痛いところは特にない。

寝すぎたのか頭がぼんやりとしているけれど、そっと引き上げた手に異常はなく、さらりとした上掛けの感触を感じるだけだ。

ぼやけそうになる視界を何度か瞬かせると、フェイクス様は困ったように眉を下げた。


「心配した。君は、3日も目覚めなかったんだ」

「みっか……」


3日前。

私は気を失う前に、何をしていた?


「!」

「駄目だ、急に起き上がるな!」


跳ね起きようとしたのに、上手く力が入らずにかくりと肘が折れた。

寝台から落ちては大変だと思ったのだろう、フェイクス様が身を乗り出して私を止めたため、私は目の前に来た腕に縋りつく。


「主、は。主はどうなったのですか!?」

「安心しろ、大丈夫だ。――アレは、討伐された」

「とう、ばつ……?」


もう一度ぐるりと自分が寝ていた部屋を見回す。

ここを離れていたのはそれほど前のことではないのに、すでに懐かしさを感じる。

あのまま主が領地を攻めていたとすれば、当然領地も放棄しているはずなのだから私がここにいるはずもない。

つまり、討伐されたというのは本当なのだろう。


「どうや、って……」

「貴方はあの時のことを覚えていないのか?」

「いえ……確かに、私は頭を撃ちました、が。あの大きさのものが一撃で退治できるはずがありません」


乾いたのどの痛みを堪えそう告げれば、喋りづらそうにしているのに気付いたのだろう、枕元にあるコップをフェイクス様は差し出してくれた。

中身はいつからおいてあるのかわからないがまだ氷が残っており、ひんやりとした水が喉を通っていく。


「確かにあれは致命傷ではなかった。だが、隙を作るのには十分だったのだ」

「隙……?」

「本来は私が足元をかく乱させ、転ばせる手はずだったのだがな……」


苦笑しながら私の顔に手を伸ばし、そっと頬を撫でる。

その動きがあまりに優しくて、戸惑えばフェイクス様は今度はふわりと微笑んだ。


「貴方のおかげだ。頭を攻撃されたあの主は、頭の重さに耐えきれずに倒れた。そこを上から全力で押さえつけ、縄を持って待機していた兵士たちが地面にくくりつけた。そのあとは、わかるだろう?」

「あ……」


いかな強大な魔物であろうと、頭を撃たれ動けないところを何重にも押さえつけられ、そして攻撃されればいつかは倒れる。

縄を引きちぎられたりする可能性もあっただろうが、ここは辺境……良くも悪くも、大きな魔物と何度も対峙してきた場所なのだ。

きっと彼らは渾身の力を振り絞り、主を倒したのだろう。


「――あれが砦を見向きもせず、領主城へ向かい始めた時には肝が冷えた」

「……」

「だが、領主城へアレ1匹が他の追従を許さないように動いたため、他の魔物は砦で止められ、周りの魔物がない状態であれを倒せた。だから結果としては、戦死者もかなり抑えることが出来た」

「……そう、ですか」

「主がいなくなったとたん、攻めてきていた魔物も全て退却していったそうだ。いつもならば考えられない流れだが、主がいることですべての理が変わるのであろうな。砦も落とされることなく、籠城で耐え切ったそうだ」


そしてそのまま大討伐は終わり、砦へ戻る事なくこちらへ帰って来た――ということ、らしい。

砦をあけたまま私へ寄り添っていることが、恐らく何よりの証拠。砦がまだ戦中であれば、フェイクス様は私がいくら倒れていようとあそこへ戻り指揮を執っていたに違いない。

だから、彼の言うことは本当だ、と理解した途端すとんと力が抜けた。


「……良かった」


攻撃魔法を使うのは初めてで、魔力の出力の調整すらできていなかった。

そのためせっかく結界を張ったというのに意識を失ってしまい、魔力の無駄使いになってしまうところだったのだ。

あの私の一撃が、少しでも役に立っていたというのならば、少しは私は自分を許せる。もしあの攻撃が外れてしまっていたら、結界はない、主はせまりくるという大惨事を引き起こしていたところだったのだから。


「ごめんなさい、フェイクス様」

「……?」

「私、ちゃんと守るように言われましたのに」


あんなところで自分の好戦的なところが出てくるとは思わなかった。

逃げる場所はない、結界を張ったとしても守り切れる自信はない、そう思った時冷静なつもりで私は興奮していたのだろう。

結果として領民を危険にさらしてしまったことを謝れば、フェイクス様は目を丸くして首を振った。


「――謝ることはない」

「ですが」

「あの一撃がなければ戦況はひっくり返らなかった。――いや、もしかしたら私も命を落としていたかもしれない。だから、貴女の決断は間違って等いなかった」

「……」

「むしろ」


上掛けの上で握りしめていた手を取られ、そっと繋がれる。


「出来るかもしれない、と。そう言おうとしたあなたの言葉を遮り、逃げてくれと頼んだ私の方に非があった」

「そんなこと…!」

「少しでも何かしたい、そう貴女が言おうとしたことはわかっていたのに。――どうしても私は、踏ん切りがつかなかったのだ」


すまない。そう呟いてフェイクス様が頭を下げる。

ゴツゴツとして大きな手に包まれるぬくもりと、悔恨の滲むような声。

私は繋いだ手から目線を上げ、フェイクス様の顔を見た。


「いいえ。……私も、覚悟等できておりませんでした」

「……」

「自分から言いださねばと思いながら、私は流されたのです。だからきっと、逃げてもどうにもならないと覚悟を決めれた、あの決断でよかったのです」


もし私が砦にとどまったとしても、主は砦には来なかったかもしれない。

結果だけで言えば、向かってきた主を私が迎え撃ち、フェイクス様が指揮を執り倒したことになり、被害も少ない最良の結果を手に入れたと言える。

問題なのは、お互いの気持ちだけだった。


「……リー」


困ったように、フェイクス様の眉が下がる。

けれど、私は一歩も引く気はなかった。

私の為を思って言ってくれていたことは、わかっていたのだから。


「ありがとう、フェイクス様」

「リー?」

「私の気持ちを、優先してくれて」


領主であれば、できないことでも無理に押し付ければよかったのに、彼はそうしなかった。

妻として認められていないわけではない。

大切に、そう思ってくれたからこそ、領民を守るという役目を任せてくれたのだから。


「気持ちを優先したわけじゃない。――私が、貴女に危険なことをさせたくなかっただけだ」


貴女は魔術師であるのに。

自分の気持ちだけを優先して、領主としての判断を誤ったのだと彼は言う。

本当はいけないことなのかもしれないけれど、私がそれを聞いて思ったのは何故か嬉しさだった。


「――――ありがとう」

「リー……だから、私は自分が情けなかったという話をしているのに……」


思わず上がる口元に、困り果てたフェイクス様が苦情を言う。


「ありがとう、――私を大切に思ってくれて」

「!」


貴方の妻で良かった。

そう呟けば、フェイクス様は一瞬の間のあとに真っ赤になって否定し始めたのだった。



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