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魔物が共食いをし始めたことで、撤退自体はすんなりと進んでいた。

誰か私を責めるかもしれない。

そう思っていたが、領主の言葉故かそれとも逃げる民にとっての最終的な防波堤である私の機嫌を損ねたくないのか、誰もろくに私に話しかけてくる事はなかった。

フェイクス様に指揮を任された侍従が私を真ん中に配置して、粛々と砦から撤退して行く。


(………フェイクス様……)


雑に整備された道を、馬車を使って撤退する。

がらがらと石を踏み、辺りは徒歩で歩く者と馬の音しか聞こえない。

そんな静かな空間に、耳を傾けて私はただ宙を見つめていた。


「―――――……? 何かしら」


数時間も走った頃だろうか。

砦も大分遠ざかり、領主の城はまだ見えないながらも魔物の脅威からは外れ始める……そんな森の近くで、馬車は急に足をとめた。

何の前触れもなく止まったそれに、ざわめく人の声に何故か恐ろしさを感じ馬車の窓を開ける。


「どうしたの?」

「……そ、それが……」


撤退する人数は相当なもので、後ろの人間の数も何人もいる。

その一人一人が何故か横を駆け抜け始め、辺りは一瞬にして大混乱に陥っていた。

茫然と辺りを見回していると、進軍の頭にいた筈の指揮者がこちらへ慌てて走ってきていた。


「奥様大変です!」

「?」

「主が……っ、砦ではなくこちらに向かっているようなのです…っ」

「なんですって!?」


魔物は基本的に目の前にある障害から倒すものだ。

だから馬車での大人数での移動とはいえ、攻撃をしかけている砦を放置してこちらを目指してくることなんてない筈。

それなのに、殿の向こうからあの巨体が見え始め、後ろから混乱っして全員が走り始めたと言うのだ。


「どうして…!?」

「わかりません! ですが馬車を急がせてはまわりの徒歩の人間を轢いてしまいます…っ! すぐに馬へ乗り換えて下さい!」

「!」


止まって事情を聴いている間に、周りはさらに混乱して走り出していた。

あっという間に殿に取り残される形になった事に、叫ぶ侍従の声を無視する非戦闘民の姿に困惑する。

私は自慢ではないが走る事は得意ではない。

ついでにいえば、馬に一人乗りは出来なくもないけれどこんなに混乱している状態で馬を上手く操る自信はない。

さらに言えば、騎士の後ろに乗せてもらうにせよ既婚者が他の男の傍に寄ると言うのも微妙な筈だ。――緊急事態なので咎められはしないだろうが。


「すごい勢いで向かってきているのです! 奥様ご決断を…っ」

「待って、今結界を張るわ」

「は!?」


馬車を降り、後ろを振り返れば主の頭が見えた。

あんなに怖かったのに、何故か周りの混乱ぶりを見れば冷静になった。



『避難する民を守ってほしい』



彼は、そう言ったのだ。

本当は私に逃げてもらいたかったのだろうと思う。

そして私はその気持ちに応えなければと結局宙づりになった気持ちを見なかったふりをして、くすぶっていたのだ。

それが。

どう見ても『逃げられない』と思った時、気持ちが切り替わった。


「逃げてもあの速さでは追いつかれます。民が逃げ切るまで持ちこたえます」

「な、なんてことを……無茶です!?」

「無茶でもやるのです」


砦にいた数週間、私は何もしていなかったわけではない。

守るためと言われ、何度も攻撃魔法を練習したように。

同じように結界を持続するための手段も、方法も、何度も確認したのだ。


「貴方は民を連れて領主の城まで行って下さい。このまま街まで追いかけっこをすれば、城ごと街が崩壊します」

「しかし……!?」

「いいから行きなさい! 貴方が指示しなくて誰がまとめられるの!」


喋るのも惜しく、詠唱を始める。

媒体は手に。

詠唱は速やかに。

定まった気持ちに応えるように魔法は発動し、逃げる民を守るように後ろへ展開して行く。


「――すごい……」


呟いた声は、誰のものだったのか。

私はそのまま今度は攻撃魔法の詠唱を始める。

どうせ、追いつかれる。

ならば少しでもダメージを与えるつもりで精いっぱいの力を当てて見せる。

そう思い、詠唱を開始すると足音は段々大きくなっていった。


「でかすぎる……!」


魔物を共食いするようなその身体は、あまりにも大きい。

生半可な魔法など何も効かないだろう。

そう思い、自分が出来うる限りの力を込めて詠唱する。


「! フェイクス様だ!」

「な、、、、無茶だ、何故あんな所に!?」


フェイクス様は、馬でこちらへ駆けてきていた。

主の後ろ姿に向け指示をしているのは、砦から弩でも打っているのだろうか。

並走とは言わずとも、気をそらすように走っているフェイクス様にそこかしこで悲鳴が漏れる。

だが彼は近寄りすぎないように指示をしながら、明らかに主の動きを止めようとしていた。


「……」


攻撃魔法の詠唱が終わり、震える手を上空へ翳す。

この位置から打てばフェイクス様に当たるかもしれない。

だからあえて足元は狙わず、狙いは―――。


避けられないであろう、頭。


「フェイクス様―――――!」


足元に気を取られ、後ろから刺さった矢を抜こうと主が手らしき長い足を振りまわす。

それに合わせ、私は唇をかみしめながら魔力を解放した。



――――ドォォォォォォーーーン!!!



地響きに近い音でまともに火炎が頭を直撃する。

頭を打たれ揺らいだことを見たフェイクス様は、そのまま足元からこちら側へ離脱してきた。

私の結界は魔物は通さないが人は通す。

近距離で倒れた主の衝撃で足元が揺らいだところで、フェイクス様は私の傍まで駆け下りてきた。


「なんて無茶を……!」


無茶をしているのは貴方でしょう。

そう言いたいのに、魔力を限界まで放出した身体は動かない。

意識を失っては結界が壊れてしまう。

そう思うのに、ぐらりと身体はかしぐ。


「奥様っ!」


周りの騎士たちが叫ぶのを、他人事のように聞いた。

傾ぐ世界が見えなくなった時、私は暖かい腕の中で力を失くしたのだった。


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