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"ぬし"。

魔物の異常発生がある時には、大抵において突然変異種が存在する。

その突然変異種がリーダーとなり、大規模な戦闘を起こすことを大侵略と呼ぶ。

そうなる前に討伐を行い、最近では起こる事がなかった侵略が、今始まろうとしていた――――。


「今はどこにいる!?」

「蹴破られた柵でも通る事が出来なかったようで今は柵の向こうにおります!」

「それならばまだ距離はあるな。一度確認で上に行く。ついてこい!」

「はい!」


あわただしく去る二人を見送り、食堂に静けさが戻る。

居たたまれなくなったのだろう、私に絡んだ3人はすごすごと食堂を出て行き、数秒もすればまたがやがやと食堂は喧騒を取り戻した。

けれど、私の胸の音は収まらなかった。


(主……どんな、魔物なのかしら…)


辺境では魔法を使ってまで対処する敵は出ない。それが通説。

だが異常とも言える湧きに、蹴破られてしまった柵。

もしかしたら、今は未曽有の危機なのではないだろうか。


そう思うといてもたっても居られなくなり、私は彼ら二人が消えた上へあがる階段へ急いだ。

途中に出会った兵士たちは驚いた顔をしていたが、私の行く手を塞げるほどの身分のあるものはいない。

だから数分という時間差はあれど、フェイクス様と侍従が立ちつくす場所にたどり着くことが出来た。


柵は、実際の目で追うにはあまりにも遠い。

けれどそこでひっかかりもがいている主に関しては遠目でもハッキリと造形がわかる大きさだった。


「なんて大きさだ……」


そう呟いたのは、誰だったのか。

毛におおわれたその姿は確かに異形。顔すらどこにあるか分からないソレは、長い手を回して魔物ごと柵を引きちぎり、それでも通れない事に苛立って暴れているようだった。


「数刻と持たないな」

「はい。いかがなされますか」


私の目の前で、深刻な囁きが続けられる。

私はあまりの異形の存在感にふらつきながらも、フェイクス様の元へ足を進めた。


「っ? リー、何故ここへ」

「私にも何か出来るのではないかと思いまして……」


だが、魔法をかけるにも主はあまりにも大きい。

あの魔物を倒すにはどれほどの魔力が必要になるのだろうか。

攻撃魔法を一度としてまともに使っていない私が、はたしてアレにダメージを与えることが出来るだろうか。

わからないまま目の前に腕に縋りつくと、フェイクス様は戸惑ったように瞳を揺らした。


「あんなものに有効打等、存在しない」

「……」

「いつかは主が出るとされていた。私もそれを知っていて、中央に何度となく魔術師の派遣を依頼していた。――まさか、今、現れるのが主とはな……」


ぎり、と噛みしめた歯が鳴る音が聞こえた。

例えば10数年後、私が生んだ子供であれば攻撃魔法を使う事が出来たかもしれない。

領主として育てられ、剣士としてフェイクス様に育てられたとすれば、倒す事も可能だったかもしれない。

だけど現実にいるのは攻撃魔法すら使った事のない私と、あの異形の主に攻撃手段を持たないフェイクス様だけだ。


それは純然たる事実で。

それは敗北を示していた。


「フェイクス、様……私」

「云わないでくれ」


誰もが無言になる中、フェイクス様はただ異形を見つめる。

決断は、一瞬だった。


「城へ使者を送る。主は基本的に魔物と共闘はしない。ギリギリまで砦へひきつけ、そして砦を放棄し撤退する」


そして私に云い渡されたのは。

フェイクス様を置いて、領主の城へ逃げ帰る……そんな要求だった。





慌ただしく撤退準備が始まる。

結界を張るか聞いてみたが、魔物も主との交戦でこちらへ向かって来てはいないため魔力の温存を優先された。

もし撤退時に魔物が来たら非戦闘員はただ攻撃に晒されるだけとなる。

そのため私は避難する民を守ってほしいとフェイクス様に申し渡された。


「……これでいいのかしら」


あの異形の主を想い浮かべれば、確かに足は竦む。

攻撃魔法は集中を必要とするし、飛距離はさほどないためもし攻撃魔法を撃つのであれば近寄らなければならない。

あの時私は、試してみましょうかと言ってみるつもりだった。

だが、フェイクス様は云わせてくれなかったのだ。


それは……。


「心配、してくれたのよね」


リーレンが使えなかった理由を知っているのであれば、無理をすれば打てると普通は思うに違いない。

けれど人前故か、提案すら言わせていただけなかった。

それは何故か。


「……」


言い出せば後には引けないからだ。

あの時無理に言い出せば、周りの人間は私に期待をかけ撤退を許しはしなかっただろう。

フェイクス様がどれほど私を守ろうとしても、先ほど魔術師として何も出来ないのかと責められたばかりだ。

私が言い出しさえすれば、簡単に前線まで送られてしまったことだろう。


そこまで考えて、私は身震いを止めることが出来なかった。

王族として、民の矢面に立つのは当然だと思っていた。

領主の妻として、出来うる限りのことはしなければ行けないものだと思っていた。

なのに。

主を見た時に私が感じたのは、どうしようもない恐怖。

未知のモノへの恐ろしさと、逃げたいと言う想いから必死に目をそらして言葉だけで決心を告げようとしていたのだ。

そんな生易しい気持ちで出来る筈もないのに。


――――私は本当にこのまま、逃げる気なの?


フェイクス様は殿を走る。

むしろ逃走すら出来るかも怪しい。

それでも領主として、ぎりぎりまで引きつける役を他人には押し付けたりしなかった。

それなのに私は、フェイクス様が『民を守れ』という命令をしたという建前に縋りつき、真っ先に逃げるのだ。

約束したこととはいえ、本当にそれでいいのだろうか。


「――奥様?」

「……行くわ」


諦め続けた人生を、変えてやるのだと思っていたのに。


「……私、は……」


あんなに心を決めたつもりだったのに。

私はまだ臆病なままだった。



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