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翌日、起き上がれなかった私は寝室で彼を見送った。


閨の中で、魔法は必要でないのかと聞いたけれど彼は首を振るばかりだった。

陛下に"リーレンは攻撃魔法を使えない"という事を聞いていて、それを周知していたため最初から戦略に組み込まれていなかったのだ。その辺りはさすがに配慮して嫁がせてくれていたらしい。

それでも私は見に行きたい、そう告げると彼は、では大きな戦の時には護衛もいるし自分も後方に下がるのでと了承してくれた。


正直に言えば、私は用意する時間さえあれば確実に身を守ることが出来る。

相手が人間ならばいざ知らず、魔術の一切使えない魔物相手であれば遅れを取る事はない、だろう。

推測しか出来ないのは、戦争というものが文書の中でしか知らないからである。


魔物が散る様は女性に耐えられるものではない――とフェイクス様はおっしゃった。

攻撃魔法で相手を傷つけることが、どれほど辛いか知らなくていい――そう、リーレンは私を諭した。

けれど、出来ることを知っていながら何もしないのは違うのではないだろうかと私は思うのだ。


リーレンは最初から攻撃魔法を使えなかったわけではない。

魔術を学んでいる最中、魔物に襲われて初めて攻撃魔法を使った際に、回りにいた罪のない人間をも傷つけてしまったのだ。

それ以来、攻撃魔法を使おうとすると吐き気がして一切使えなくなったと彼女は言っていた。

それほどまでに魔力の強い人間の魔法は危険なモノなのだと、彼女は何度も何度も私に教えてくれていた。


だが、何人も何人も死人が出る大討伐に置いて、戦力を遊ばせる事のなんと無駄な事か。

私がその気になりさえすれば、下手をすると兵士数千人にも及ぶ攻撃力を一人で賄う事が出来る。

たまに投入される魔術師の威力は、この辺境でも何度も書物に出てきていた。

昔の偉人程とは言わないまでも、この国の王族として魔力の血筋のある私なら似たような事は出来るのでないだろうか。


「奥様? 湯あみの用意が出来ました」

「今行くわ」


私はこの街に来て初めて、自分が出来ることをしたい。

そう思うようになっていた。





数日後、帰ってきたフェイクス様につれられて私は城を出た。

戦に女性を連れて行く事に関しては、元々辺境では魔物と小競り合いを繰り返しているので森の近場に砦があり、そこには女性も働いているためそれほど問題にはならなかったようだ。

むしろ新婚だから? とからかわれる始末だとフェイクス様は苦笑していた。


だが、その笑いには陰りがあり心配だった。

思ったよりも森の奥に住む魔獣の数が多く、少しずつよびよせてはいるものの一斉にやってくる可能性も否定できないとのことだった。

大討伐に向けて砦の数十キロメートル先に頑丈な柵や罠が立てられており、基本はその柵の向こうにはいかずおびき出して各個撃破するのが一般的な戦術。

だが、ここ数日おびき出される魔物の数が減ってきており、一斉にやってきて柵を崩すのではと危惧されているとのことだった。


「もし、貴女の身に何かあったら……」

「大丈夫です、フェイクス様」

「しかし……」

「私は魔術師です。――魔物の爪では、私を傷つけることは出来ません」


何度となく繰り返した問答に、私は何度も笑顔で答える。

心配する彼をよそに、私は着々と自分の準備を勧めていた。

攻撃魔法に関しても、どうしても必要であれば行うつもりで何度も詠唱を復習した。

理論は知っているが、実際の威力の10数分の1しか魔力を込めた事のない魔法ばかり。

実際の威力は見た事がないため分からないが、魔物を数匹倒す程度なら問題ない筈であった。


「では約束してくれ。決して無理はしないと」

「はい、お約束します」


何事もなければ、フェイクス様が先陣を切る様子だけを見守るつもりだった。

人間の攻撃と違って、砦の裏から入りこんだりと知能のある動きを魔物はしない。

少なくとも今まで回りこんだりすることはなく、最短距離で一直線にやってくるのが魔物というものであり、それは変わらなかった。


だが。

予想外は思わぬところからやってきた。


魔物にとって朝も夜もない、それは確かで誰も夜だからと言って気を抜いていたりはしなかった。

だが、こちらの用意を笑うように真夜中、柵を蹴破るようにして大群が押し寄せたのは前代未聞のことだったのだ――。



「明りが…!」


柵の近くにうちたてられていた灯りが、次々と倒されて視界が暗くなっていく。

砦の全勢力をあげて松明を打ち立てるが、それでも柵近くまで照らす事は出来ない。

寝静まっていた傭兵が列をなし、暗闇からやってくる魔物を切り倒すにも灯りが届かなければどうにもならない。


結果、フェイクス様は砦を間近に背にして、魔物と対峙することになった。


幸いだったのは、飛ぶような魔物がこの森には存在しない事。

辺境の魔物は数が多いものの、生態系が違うため飛ぶモノはいない。

それゆえ人の手だけで抑えられると思われており、砦を守るだけの戦力は勿論存在もしていた。

だが、あまりにも数が多く、逃げるための砦は近過ぎる。

砦に篭り切れば砦にいる人は守れるが、砦を越えた先にある街は壊滅しそのまま住んでいた城まで魔物たちは行軍するだろう。


魔物は近くにいる生物を狙う。

生物を狙えないと分かれば、それを迂回して次の獲物を狙う。

単純で、明快で、数が多ければ多いほど押しつぶされてしまうような動き。


それゆえ、撤退だけは許されなかった。


1日、2日…猛攻撃はとどまることを知らず、朝も夜も関係なしにひっきりなしに続いていく。

疲労の蓄積が一番の敵であり、仮眠しに戻ってくるフェイクス様の顔色は段々悪くなっていく一方った。


「フェイクス様…」

「大丈夫だ。まだ、誰も戦意は失っていない」


だが、倒せども倒せども減っていかない魔物の数に、砦内の空気は段々悪くなる一方だった。

危ういとも言える均衡。

炊き出しを手伝えるわけでもなく、ただそこにいるだけの私にとって、砦内の重苦しい雰囲気はあまりにも辛いものだった。

怪我人一人に対して動くにしても、ドレス姿で出来る事は少ない。

邪魔にならないようにひっそりと、私は毎日フェイクス様を見送る事しか出来なかった。



言い出したのは、誰だったろうか。



「魔術師の癖に、攻撃魔法の一つもはなてねーのかよ!」

「領主の嫁だか何だか知らねぇが、砦に来たんだったらはたらけっていうんだよ!」

「そうだ! 働けねぇなら他の事しやがれ!」



ヴェールを身にまとい、ただそこにいるだけの私に対して傭兵は容赦がなかった。

貴女がいてくれるだけでいい、そう言ってくれるフェイクス様に甘えていたのは事実だけれど、まさか手を取られ衆人環視の中でどこかへ連れ去られそうになるとは思わず茫然としてしまった。


取られた手が、痛い。

鬱憤を爆発させたかのような全員の視線が、私へ集中する。


「離して」

「はぁ? 魔術師様なら簡単にはなせんだろ?」


突き飛ばす事は出来るが、怪我ですまないかもしれない。

一瞬の躊躇により手を取られたために、私は逡巡する。


「怪我をしたくないのなら離して」

「……ハッ、攻撃魔法をつかえないのに怪我なん…ってうおおおあ!?」

「……」


べし! と結界で弾き飛ばすと面白いようにふき飛んだ。

鎧を着ていたためか、壁に激突して派手に音を立てた様子に、全員が振り返った。

唖然、と空気が変わる中で私は掴まれた跡のついた手をそっと握る。

男に手を掴まれるのは初めてではないけれど、ハッキリと何かをされそうになったのは初めてだった。


「……ってぇ…なんだ…?」

「魔法……?」


私の手を掴んでいた男はよっぽど頑丈だったのか、特に怪我はしなかったようだ。

それにほっとしながらも、周りの空気が変わってしまった事に目を伏せる。


「リー!?」


前線に出ていた筈のフェイクス様が、騒動を聞きつけたのか駆け寄ってきた。

中心にいて遠巻きにされている私を見て、彼の眉がよる。


「無事か?」

「ええ、問題ありません」


差し出された腕に手を乗せると、抱きしめられた。

肩口に頬を預けると、魔物を切り倒したばかりだったのだろう、真新しい血の跡が目の前にあった。


「場内で乱闘と聞いてみれば……これはどういう事だ?」

「……」

「私の妻がお前に何かしたとでもいうのか」


一方的に絡まれただけである事は明白で、空気が凍えたようになる。

私自身に自覚はないけれど、からかわれるほどにはフェイクス様に大切にされているとは思っている。

その妻に対し、一方的に何かをしたとなればどちらが問題があるか等はわかっているのだろう。

黙りこむ全員を、フェイクス様はぐるりと見回した。


「魔術師と一言で言っても、出来ることと出来ない事がある。彼女がここにいる事に文句があるならば私に言え」

「……」

「言えないのか? 自分の無知を相手に押し付け私の妻に手を出した癖に大層な御身分だな」


跡の付いた手を、痛ましそうにフェイクス様が撫でる。


「痛くないか?」

「だ、大丈夫です」


力任せに掴まれたと言っても、抵抗をしたわけでもないので痕がついてしまっただけだ。

撫でる彼の手に手を合わせ治癒力向上をそっとかければ、すぐさまうっすらとした跡に変化した。

その変化に、回りの目線が集中する。


「ハッキリ言っておこう。彼女がここにいるのは、もし万が一砦内に魔物に攻め込まれた際に、一人でも戦力外のモノを"守る"ためだ」

「フェイクス様」

「彼女を傷つければ、この砦の防御もすべて失うと思え」


攻撃が出来ない私に彼が望んだのは万が一の時の結界魔法。

君自身だけでも守れないかと聞かれた時に、私は万が一の時には砦ひとつ丸ごと守り切れる旨は伝えてある。

むしろそれくらいしか約束出来ないのだと言った私に、十分すぎると彼は首を振った。

不発するかもしれない攻撃魔法を使うよりは、砦内に侵略がはじまった時点で魔物だけ弾く結界を張る方がよっぽど楽なのだけれど、そう言った知識はさすがにないようだった。

だが、魔法に対する無知が私の正体を疑わない理由でもあるので、そのままにしている。


「緊急時だ、牢等には入れん。だが、休憩は仕舞だ。――さっさと持ち場へ戻れ。それを罰とする」

「……」

「返事は」


突き刺さる咎める視線とフェイクス様の凍える声、あと投げ出された事に対してすでに戦意を失っていた彼らは素直に返事をする。

だが、そのまま逃げるように食堂を出ようとする彼らにフェイクス様は容赦がなかった。


「――妻に謝罪は?」

「う…」

「す……みません、でした」

「……」


まだ不満があるのだろうか。

まだ何か言いたげにこちらを見る様子に首を傾げる。


―――と。


「フェイクス様! 大変です!」

「だぁ!?」

「うあ!」

「あ、そんな所に立ってないで下さいよ! 緊急です!」


ドアのところにおしとどまる3人を分けるように、伝令の青年が駆け込んできた。

彼は何度かフェイクス様の横にいるのを見た事がある。

だが、その声を確認し振りかえる前に彼はもっと大事なことを告げたのだった。



「――――――"ぬし"が出ました!!」



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