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「はあ」


漏れるのは溜息ばかり。

今日も、特に彼は訪ねて来なかった……というか、ここへきて1週間、顔すら殆ど見ていない状況である。

まあ、忙しいのでしょうね。

ちらりと見かけたその姿は、既に戦闘間近と言えそうなくらいピリピリしていたので、声をかける事も出来ずに私はすごすごと帰って来たのだから。


「あまり接触がない方が、ばれなくて済むと言えば済むのだけど……」


……初夜とかはいつになるの、かしら。

代わりに嫁ぐと決めた時から覚悟は決めていたものの、実際行うとなると身が竦んでしまいそうになる。

けれど、相手が彼……というならむしろ、私は役得なのかもしれない。

少なくとも彼は、その表情から私をないがしろにしたりするつもりはないようだし、こちらへの気遣いも十分感じられる相手。むしろこちらから頼みたいくらいの人物である。


正体がばれたら、問題があるだろうが……私は自分の身はあまり心配していない。

むしろ今現在の心配事は、どうやって食事を取ろうか…という、一見どうでも良いような内容だったりする。


そもそも私は陛下と結婚する気がなかったので、いつどこへ降嫁されても良いように、ほぼ身の回りの事は自分で出来るように努力して習得してある。

子爵令嬢として身につけておかなければいけない事も、リーレンと話しあい心得ている、つもり。元々リーレンの話は面白く、侍女としても長い事拘束をしていたような間柄なので、彼女の身ぶり手ぶりに関してもかなり習得は出来ている、と思う。

母の息のかかっている侍女や、姉を不憫に思う侍女や、私の回りの侍女は誰もが一筋縄では行かない者ばかりだったため、私は王女でありながら身支度を始め殆ど一人で出来るという変わり者だ。

さすがに正装に近いドレスなどであれば侍女を頼むが、それ以外の世話に関しては断ってある。幸い服に関しては最初に部屋を通された際に用意されていた服が殆ど着る事が出来たため、毎日着替えるのは案外楽しかったりもするしそちらは問題ない。


問題は食事だ。

なにしろ炊き出し一つで大掛かりで忙しいらしく、朝の女性陣はいつもバタバタしていて一向に捕まらないのだ。

食事すらいつ頃行っていいか分からずここ数日は朝も夜も食べていない。一日一食である。


元々あまり顔を出す気もないし、そうなると必然的に大食堂で食べるのは難しい。

昼食に関しては鍛錬やら準備やらで人が少なくなるため、身支度を終えた後で食堂を覗けば気付いた女性陣が運んで来てくれるが、夜に関してはまた大所帯になるため食事を取りに行くのが難しいのだ。

さすがの私でも、傭兵混在の食堂に行く気にはなれない。城に詰めているならほぼ兵士、と言うのは王城だけらしく、あまり女性が近寄れる雰囲気ではなく現在進行形で困っている。


大体ヴェールを外すのが難しいので、かなり目立つのだ。

あらくれいっぱいのところに、ヴェールをつけて食事をしに行く貴婦人。正直異様な光景であろうし、大体ヴェールをつけたまま食事などしている時点で、昼食の殆ど人がいないところでも奇異の目で見られる現状、朝も夜も食堂に行くのは憚られる。

兵などに声をかけられたら困ってしまうのは想像に難くない。


「あと、旦那様以外の男性とどの程度喋っていいのかもわからないのよね……」


声かけ一つで気があると思われてしまう王城とはきっと勝手が違うとは思うのだけれど……。

自分の外見の威力は、嫌となるほど私は知っているので、ヴェールを取る気にもなれないのだ。

派手すぎて、いつも男に媚びていると陰口をたたかれ始めたのは何歳からだったろうか。

陛下本人にも何度も、派手すぎて下品だ、みたいなことを言われた事のある私であるため、旦那様の評判を考えたらヴェールは外してはならない気がする。


結果、庭を歩くにも気を使う現状何をしているのかと言うと。

ひがな読書である。


私は本が好きだ。

この辺境では魔術の本はないかと思ったが、存外魔術の重要性は考えられていたのか一通りは揃っていた。

むしろ王城に勝るとも劣らない蔵書数に、歓喜するほど。


歴史など、王族のたしなみとして一通り叩きこんではあるけれど、その地方にある俗説などは王城の書物には載っていない。

後は恋愛小説などはあるものの、童話など子供っぽいものはなくて少しだけさみしかったのだがここには本当になんでもある。

なので一日中でも飽きずに篭っていられるのである。

よってここのところの私は一日中本漬けだ。


刺繍も出来るし、要望があれば楽器を引く事も出来る。

リーレンは楽器が好きで一緒に良く奏でていたから、指が動かならなくならないよう、持ってきた手琴を昼間の人が少なく邪魔にならなさそうな時間に多少つま弾く事はあるが、それだけだ。

音が邪魔になるような気しかしないので、一番静かに過ごせる読書を選んでいる。


そうして一日一食を続けた本日7日目。

ようやく旦那様から夜の食事のお誘いが、来た。





「……」

「何か?」


通された場所は、知らない場所だった。

恐らく旦那様が家族と食事を取る場所として作られた所なのだろう、暖炉のそばのソファが見える場所で、くつろげるような一室になっている。

机は8人掛け程度だろうか。王城のこれ何のための机の長さなの、という機能性のない机よりはよほど好感が持てる作りの机の端とその斜め横に席が作られていた。


上座を勿論旦那様に譲り、席に座って待っていると程なくして彼はやってきた。

だが、私を見るなり固まってしまったのである。


「その……ヴェールはそのままで食べられるの、か?」

「慣れておりますので」


いくらここが辺境だとしても、ここ10年夜会ひとつ出席されていないフェイクス様とて前国王夫妻の顔は知っているだろう。

母とも父とも顔は似ていないので恐らくはばれないだろうとは思うのだが、万が一リーレンの顔を知っていたらと思うと反応が怖い。

だから出来れば二人きりの時に出したい。

給仕の人間が二人と少なくとも、顔を知る人をむやみに増やしたくもないし。


微妙な顔をする彼は、ヴェールをしている人間などには慣れていないのだろう。

居心地悪そうに眺められるので、どうしようかと思う。

あってもなくても食べるのに支障はないので(ヴェールを汚さないように隙間から食べれるように工夫されているのだ。無駄な技術だとちょっと思う)、私としてはどちらでも構わないのだが……。


「……お気になさるようでしたら、外しますが」

「いいのか?」

「ええ」


どちらにしろ夜にはさすがに外すわけでして……遅かれ早かれ顔バレするのは避けられない。

別に彼に顔を見せたくないと言うわけではないし、この機会を逃せばまた会えない日が続くかもしれないのだから、顔を知られていない状態と言うのも問題がある。


何故かホッとしたように促されたので、そっと下を向いてヴェールを外す。

そのまま顔を上にあげ彼を見ると、何故か彼は目線があった瞬間にカトラリーをからん、と取り落とした。


「? どうかなさいましたか」

「え? あ、い、いや!?」

「??」


何故か挙動不審になる彼に、首を傾げる。

もしかして顔を知っていたかと一瞬ひやりとするものの、多少驚いたような顔はしているが咎めるような視線ではないし彼の口から私の名前が漏れる事もない。


「……何かついております?」


もしかしてヴェールにはなにもついていなかったが、口紅がずれていたり頬紅がずれていたりしただろうか。

慌てて鏡を探してみるが、さすがに食堂に鏡はない。

近くにいた給仕と目線があった途端、今度は給仕が盛大に皿を取り落とした。

空の皿とは言えかなりの音が響き渡り、吃驚する。


「も、申し訳ございません!!」


慌てて頭を下げる彼女に、首を振る。

どうやら私の顔自体に問題あったらしい。

まあ、それなりに派手な顔なので確かにいきなり見たら吃驚するかもしれない。


「怪我はないかしら?」

「だ、大丈夫でございます。すぐ新しいものとお取り換えしますので!」


あっという間に去って行った給仕の後ろ姿を見送って、フェイクス様を振り返ると今度は困った顔をしていた。

何か、あっただろうか。


「ええと……何か、驚かせた、ようですわね…」

「まあ、正直に言うと私も驚いた」

「はあ」


どう答えていいか分からず曖昧に答えると、彼は言葉を続ける。


「ああ。私はその、あまり美醜はわからない性質で申し訳ないのだが、そんな私でもハッキリわかるぐらい君は美人だ」

「!」

「ヴェールを外さない理由も、これなら納得だな。むしろ今まで出していたら大騒ぎどころの話じゃなかったかもしれない」


臆面もなく事実を言うように喋られて、少しだけ頬に血が上る。

視線が真面目すぎて、本気と取れるのが分かるだけにいたたまれない。

確かに母やろくでもない貴族には美人だ美女だと持ち上げられてはいたが、面と向かって真っすぐに言われた事は殆どない。むしろ陛下がひたすら嫌がるのしか覚えがなかったので、同じような年齢の彼にハッキリ言われてさすがに照れてしまった。


「ええ、まあ、その……友人に、あまり出さない方がいいと言われておりまして」

「賢明だな」


いれかわりをする際、リーレンにまず言われたのが必要以上に顔を出さない事、だった。

元々リーレンは派手な事が大嫌いな性質なので、私の前以外では殆どヴェールをかぶって生活している女性だった。

だからこそ入れ替わりも十分出来ると判断したのだが、『王女様におきましては、私以上に外ではヴェールを外してはなりませんからね!』と何度も何度も……いれかわる寸前まで言い続けられたのである。

まあ、確かに少々の外出でも、この派手な顔は印象に残ってしまうだろうと夜会以外では被っている事が殆どだったのだが……ものすごく鬼気迫る姿に、一体何がそんなに心配なのだろうと思ってしまった私はおかしくないと思う。


そしてそんな彼女に、盛大に同意して頷く夫が目の前にいる。

ちらりとこちらを見る目は、何か言いたげで私はもう一度首を傾げた。


「気になさるようなら元のように被りますが」

「いや、私と一緒の時は外していても構わない。ただ、今現在城の中には兵士以外も大勢いるし、なるべくそのまま外さないで過ごしていて欲しい。少し落ちついたら、君がヴェールを外して動いていても問題ないようになんとかする」

「わかりましたわ」


なんとかってどうするのかな、と思いつつしばらくは落ちつかないでくれればいいなとも思う。

このままずっと見つからないとは思っていないし、下手をすれば明日にでも陛下の配下がやってきて連れ戻されるかもしれないのだ。

正体がばれる、その危険は少なければ少ないほどいい。


戻ってきた給仕に促され、食事は再開された。

その後は和やかに話も進み、そして……。



食事に関して聞くのを忘れていた事に後から気付いた。


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