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休憩。

数日後。

大討伐も終わり、領民の顔はどれも晴れやかであると伝えられたその日。

一つの知らせが領主城へ舞い込んだ。


「―――王、が?」

「ああ」


辺境ではあり得るはずのない、そんな知らせ。

この国の王――陛下が、この度の大討伐の成果を受け、視察に来るというのだ。


「一体なぜ……?」


呆然と呟く私に、フェイクス様は困ったように眉を寄せる。


「わからない。この十数年、国王陛下が直接この街へ来られたことなど一度もないのだ」


知っている。

辺境も辺境であるこの土地は、王が来るにはあまりにも遠すぎる。

いくら治世が長くなろうとも、直接視察をするよりも辺境の人間を呼び寄せた方が事情を知るには早いに違いない。


となれば……。

視察の目的は恐らく、他にある、のだろう。


「他に……他に何か、伝え聞いていることはありませんか」

「ん? ああ、結婚祝いもかねてとは伺っている。父の世代でも、一度だけ祝いに訪れたとは聞いているんだ。ただ、それも結婚が終わってからかなり後の話だったとも聞いているし、恐らくは主の存在故ではないかと思うのだが……」

「主の……」


本当に、そうだろうか?

確かにあの主の存在は比類なき危機だったとは思えるけれど……すでに倒した後である。決して理由にはなりえないのではないだろうか。

それとも私の勘違いだろうか……。


「……リーは現国王と、面識があるんだったな?」

「え? ええ、まぁ……」


従妹ですし。

そもそも、リーレンは国王命令でこちらに嫁いでいるので、面識がないはずがない。


「……その」

「? どうかなさいましたか?」


何故か言いよどむフェイクス様に首を傾げると、彼はひとつの封書を差し出してきた。

封はすでにあけられており、受け取ってぱらりと中身を開いてみれば、そこには一言だけ書かれていた。


「……これ、は」

「お前に、と書かれていた。だが意味がわからない」


―――確かめに行く。


そう、書かれているものに自然眉がよる。

ここに私がいることがばれて、王自身が確かめに来るのか?

それともリーレンが私の行方を知っていると判断して、直接訪ねて来ようとも思ったのか。


「心当たりはあるか?」

「……」


ある、と言えばある。

けれどあの人にとって、私の存在はむしろ邪魔なものでしかなかったはず。

わざわざ迎えに来ることも思い浮かばなければ、わざわざ咎めだてに来るというのも少々考えづらい。

確かに私は王族としての職務は放棄している。――寄付などに関しては、死んだことにされていない限りは間違いなく各地に行われるように既に設定してあるのでその限りではないが、すべての慈善行為はこちらに来てから一度も行っていない。

つまり、何か無視できない事情があった――ということ、だろうか。


「リー?」


じっと、フェイクス様を見る。

最悪の場合、国王を謀ったとして断罪される可能性はきっとある。

婚約者にふられたとするのも体裁が悪いだろうし、私がいなくなった後の公爵家がどのような道を辿ったのかこの辺境では知る由もないが、いくらでも私が悪いと出来る状況なのは百も承知してここに私はやってきたのだ。

それを、何故忘れていたのだろう。


「いいえ、フェイクス様。心当たりはありませんわ。――ですが、陛下の好むものなどは存じております。私もお手伝いいたします」

「あ、ああ……」


幸せな時間はもうそろそろ終わるのかもしれない。

それでも――――。


「……貴方に手出しはさせませんわ」

「――? 何かおっしゃったか?」

「いいえ?」


もう少しだけ、この幸せに浸ることは許されるだろうか。

貴方はただ騙されただけ。――それは、押し通す、

そう心に刻んで、私はただ微笑んだ。





「――――――」


睨み付ける、その目が。

絶望と。

そして次の瞬間、怒りに染まる。


「……どうしてお前がここにいる」


憤怒遣る瀬無し。

出迎えた時には一挙一動を探るだけだった彼が、私が喋った途端に顔色を変えていたのはむしろ面白いほどだった。

それでもその場で怒鳴らないでいてくれたのだから、彼は私がここにいると知っていて来たのではなかったのだろう。

そのことだけでも安心して迎え入れのあいさつをしたのだが、次に彼が喋った言葉は領主夫妻――つまり私たちだけと会談したいという言葉だった。


戸惑うフェイクス様に、少し含みを持たせることで周りの人間を遠慮させたのは右腕の宰相様。

何故大物二人で来たのかと気が遠くなりそうになる私を尻目に、あっという間に用意された客間での会談。

私が出迎えるときにはかぶっていたフードを取り去ると、そのタイミングで口火を切ったのはやっぱりというか――――ものすごく怒れる、国王陛下だった。


「どうしてと言われましても、嫁いでまいりましたが」

「……冗談だろう。俺はお前が病気である、としか聞いていない」

「あら……」


私がいなくなれば婚約を推し進めることもできない。

かといって、不在を喋れば陛下を蔑ろにしたことがばれるため、家出自体は秘匿されるとは思っていたが……。

まさか数か月放置していたのだろうか、それを。

私に興味がないにもほどがある。


「病気……?」


理解できない、といった表情で呟くフェイクス様に、心が痛む。

もうだまし続けることは出来ないだろう。

そう思い、宰相様を見ると。

―――――何故か宰相様はものすごく楽しそうに、笑っていた。


……。


私の微妙な表情に振り返った陛下が、宰相の楽しげな表情に気づき胡乱気に彼を見つめる。

この国の宰相様は、陛下よりは年上だがかなり若い。

また、前国王の宰相は陛下の実父だったためか、現宰相様との関係性も兄弟に近いものだと聞いている。

そして、国王陛下よりも策略にかけては上手であることはすべての人間が知るところである。


「お前……ココにいるのが、コイツだって、知ってたのか」

「ええもちろん?」

「~~~~ッ!」


ガン、と椅子にたたきつけた手が酷い音を立てる。

出来れば壊さないでいただきたいが、そんなことを言える立場でもない。

何故か私VS陛下だったところが、陛下VS宰相様になって戸惑っているのはこちらもである。


「今日は書類不備に関して届けに来ただけですしね」

「書類?」

「ええ。婚姻届けの写しですが最初にお届けした方は――名前が、間違っていますので」

「「!?」」


名前が、って。

言われた内容に目を瞬かせると、彼は無造作に丸められた羊皮紙を懐から取り出した。

そのままフェイクス様に手渡す様子を、陛下と私は呆然と見送ってしまう。


「……え……?」

「こちらが正しいものですので、どうか変えて頂けませんか」


にっこり、と笑う宰相様の横で私を見てくるフェイクス様は、戸惑いをありありとその顔に乗せていた。

……無理もない。

恐らく私の推測が正しければ、そこに書かれているのは本当の私の名前。

つまりは――。


「……リランディア」

「――はい」


呼ばれた名前に応じると、フェイクス様はもう一度紙を確かめる。

だが、そこに書かれているのは恐らくそれだけだろう。

この国で姓がないのは、王族だけだ。

勿論諸外国と婚姻する場合は国名を姓として名乗るが、国内であれば王族は姓を書かない。

また、本来自筆とされるサインに関しても、王族は血筋の関係から大神官が代筆することが出来る。

廃れた制度ではあるが、そのあたりでなんとかしたのだろう。遠方であれば領主の代筆まで神官がする現状だ、宰相から言い含められていたのならおそらく神殿での書類もすでに変更されているのだろう。

――どこからどうやって、そんな話になっていたのかはさっぱりわからないが。


戸惑うフェイクス様と黙ったままの私を見つめ、宰相様は意外そうに眉をあげる。


「……もしや、話されていませんでしたか」

「事情を話した場合、黙ってもらうことになってしまっては、陛下への忠誠を疑われますから」


だから私一人の心にしまっていた、と宰相様に告げれば彼は今度は楽しげに笑い出した。

私が夫に累が及ばないように黙っていたことを、その一言で察してくれたらしい。


「は……はははっ。さすがだな。だから言っただろう。最初から妹君には協力してもらえばよかったんだよ!」

「うるさい!!!」


すっかり砕けた口調で陛下に笑いかける宰相様に、陛下は怒り気味に返事をする。


「大体どういうことだ!? 俺にはさっぱりわからん…! なんでここにリランディアがいるんだ!」

「そりゃあ、お前さんが彼女を嵌めようとしたから逃げられたんだろう? まったく、余計な手間だったな」

「はめる……??」


肩をすくめる宰相様は、どかりと陛下の横に座る。

あの、さすがに不敬罪なのではないでしょうか。

君らも座りなさい、とニコニコ笑う宰相様と怒り心頭の陛下の落差が恐ろしい。

それでもおとなしくソファへ腰をかけると、その横にフェイクス様も座ってくれた。


「さて、どこから話した方がいいものかな」

「……」

「とりあえず姫の実家のお話でもしようか。――取り潰しとまではいかないが、権威は大分削ぎ落とせた。あの家の権威は君ひとりで持っていたと言っても過言ではないからね。陛下との婚礼が決まった途端に出てこなくなった事に、不安を覚えた貴族も多かったのがいい方向に働いてくれたよ。焦ったことでかえって大胆な行動を取らせたんだろうね。横領どころか、でかい話の裏も取れたし、私としてはいい仕事が出来たと思っているよ」

「そうですか」


そのあたりは予想通りだ。

私は社交界で顔は売れているし、私を陛下との婚礼に漕ぎつかせるまでに祖父や母が色々なことをしでかしていただろう事は想像に難くない。

そこで私がいなくなったことで疑心暗鬼に陥ったのか、それとも何かほかの手立てを考えたのか……そこまではわからないが、恐らくは手出ししてはいけなものものにも手を染めたのだろう。


「冷静なんだな」

「親族が手を出してはいけないものに手を出せるのは知っていますから」


筆頭は目の前の陛下の邪魔だ。

そう言外に押し込めて見やれば、何故か陛下は目を丸くした。

何故だろう、私がそんな風に返事をするのが意外だったのだろうか。


「お前、そんな意外そうな顔するなよ」

「いや、しかし……」

「姉姫も聡明だが、妹君も聡明だって私はお前に言ったぞ? だから、姉姫と婚礼を進めても恐らく彼女は邪魔はしない、かえって敵に回せば国民からの非難を受けると言っただろう」

「……」

「国王になる前から散々、邪魔してきたあのお家出身って時点でお前の目が曇ってたのは知ってるがな」


はぁ、とため息をついた宰相様は何故か憂い顔だ。

いや、今の話からすると彼は散々暗躍した後の気がするのであるが……、何か思うことが有ったのだろうか。

唐突に彼は私の目を見つめると、おもむろに頭を下げてきた。


「!?」

「お、おい!?」

「話を進める前にまず先に謝らせてほしい。貴女に非はなかったのだから」


慌てる私と陛下を尻目に、宰相様の話は続く。

その内容は、驚くべきものだった。


「私は陛下と結婚するのは姉姫でも妹姫でも、どちらでも良いと思っていたんだ」

「はあ」

「だから陛下が貴方を望んだ時、嫌な予感がしつつも姫の実家への対処が面倒になったんだろうと…そう軽く考えて、対処が遅れてしまった。貴女には申し訳ないことをしたと思っている」


そう前置きすると、彼は陛下が何をしようとしていたのか話してくれた。

その内容はほぼ、先ほどの内容と同じ。

陛下との婚礼が決まって気が緩んでいたところで、内部へ入り込み実家の断罪をする。

そして弱みを握ったところで婚約を解消し、姉と結婚する手はずを取る予定だった。


――だが。


「この馬鹿は、貴女がどんな立場になるかを全く考えていなかった」

「……はあ」

「考えていなかったわけじゃない……」

「考えた上でやったならさらに問題がある。一度婚約した人間が、家の状況で国王陛下との婚約破棄なぞされてみろ。王族とはいえ良い婚礼は望めなくなる。話し合いで済むものを大事にした結果、何が起こったと思う?」

「――……?」

「姉姫にまで逃げられたんだ、こいつは」

「―――――は?」


付け加えられた言葉に、目が点になる。

姉上まで逃げたとは、いったい。


「ちなみに私があなたの状況を知っているのは不思議だとは思わなかったか?」

「ああ……それは、少し。知っているのはリーレンだけのはずでした、から」

「貴女の取った手段がむしろ穏便で良かったよ。――近衛の彼は私とも懇意だ。あの駆け落ち自体、私が手配した茶番だったんだよ、アイツを失うにはさすがに惜しかったので、ある程度の時間がたてば呼び戻すつもりでね」

「はあ」

「だが、本来は空の馬車がついて婚約者が来ていないはずの辺境からは抗議一つ来ない。不審に思っていたところで、今回の騒ぎだ」

「あ……」


この国で、魔法が使える女性で、リーレンと入れ替わることが出来る人間。

それは恐らく、リーレンが魔法を教えていただろう私が有力だった。

だが、見方を変えればそうとも限らない。

陛下が来たのは恐らく……姉上と私のどちらがいるかわからず、確認するしかなかった――そういうことだろう。


「おい……それじゃあ、お前は此処にいるのがリランディアの方だって気づいていたのか!」

「訪ねる前に調べ終わってたさ。だけど、城に呼び寄せたところで来ることはないだろうし、領主夫妻の仲睦まじさも報告にはあったから、この目で確認すべきだと考えた。その紙は無駄になる可能性も考えたが、どちらにせよ成立していない結婚の書類がいつまでも神殿にあるのはまずい。だから急いで書類を作り変えて、写しを持ってきたんだ」


そうして冒頭に戻る、と。

私の名前とフェイクス様の名前が記されたその紙を覗き込めば、フェイクス様は困ったようにただ紙を握りしめるだけだ。


「もし、この結婚が偽りだというならば、私の責任において破棄しよう」


その言葉には恐らく、白い結婚である可能性はあるのかという問いも含まれているのだろう。

じっと見つめる2対の目は、偽りを許さないと言っていた。

だから私は、そっとフェイクス様を仰ぎ見た。


「――申し訳ありませんが、少し……時間をいただけませんか」


口を開いたのは、フェイクス様だ。


「俺はその――今、知らされたことで、精いっぱい、なので。申し訳ありませんが何を言っていいかわかりません」


黙っていた、というよりはひたすら戸惑っていたのだろう。

辛うじて私の横に座っていてはくれたものの、いつものように見つめ合い微笑み合う距離ではない。

そのことがたまらなく悲しくて、けれどそれもどうしようもないことだったから私には何も言うことが出来ない。


見つめ合う私たちを見て、察したのだろう。

続きは晩餐後に。

そう言葉を残して、彼ら二人は部屋を出ていったのだった。



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