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あの日まで、この城からいつか出る日を願っていた。


「お前と俺との婚礼が決まった」


そう、兄妹同然で育ってきた陛下に言われるまでは、すべてが上手くいくのではないかとどこかで夢見ていた。


「―――姉上様はどうなさるおつもりですか」

「それをお前が俺に聞くのか?」


帰ってくるのは絶対零度の眼差し。

愛する人を奪われた彼は、既に正気ではないのだろう。

私を見る目は敵を見るかのような――いや、実際彼の中では敵であるに違いない、それほどの現状に私だって気づいてはいたのだから――冷淡な態度で、私は身を震わせる。


「かしこまりました」


ただ、その一言を告げ。

二度と振り返ろうとしない陛下の後ろ姿に私は頭を垂れた。







「まぁようやくなのね!」


弾んだ声、おめでとうございますと笑う声。

どれもが煩わしいが、態度に出すわけにはいかないと私は薄く微笑む。

自分でも恐らく非情に見える事はわかっているけれど、うすら笑いを止める事は出来ない。それほどまでに私は――怒っていた。


目の前で喜ぶ「母」は、自分よりよっぽど冷血な生き物なのだ。

既に気を取られているのは娘の幸福ではなく、王妃の母として地位を確立するという事実だけ。

出来る事なら、血のつながった母であるため穏便にすべてが終われば良いと思っていたがそれはもう叶わない。

すでに母は陛下の逆鱗に触れている。確実に。


母も、祖父も私の想像以上に愚かだったのだろう。

異母姉である姉上が、陛下に愛されているのは周知の事実だったと言うのにその姉を追いだして妹である私と結婚させようとしているのだから。


大体、と私は回想する。

あの陛下も何故、姉上とではなく妹の私と結婚することを了承したのか。

本当に全く気持ちが分からない。何を乱心したのだろうか、あの兄上様は。


私の父であるこの国の王は、10年ほど前流行病で亡くなった。

残されたのは、侍女上がりの側室が生んだ王女である姉と、正妃である母が生んだ私。

そして降嫁した王姉の息子である現陛下。

姉は8歳、私は6歳といずれも王位をつげる立場にはおらず、従兄弟である彼が王位を継いだ。


彼はすぐに頭角を現し、瞬く間に賢王として地位を確立させた。

当時22歳と若かったが、すでに宰相である父の後継者となるべく教育されていた彼は素晴らしい才能の持ち主だったのだ。

そして周囲は彼がそのまま王でいるために、前王との血縁との婚姻を望んだ。


そこで問題になったのはただ一つ。

姉か、妹か。

どちらを娶るか、という問題。


普通であれば、姉である王女で何の問題もない。

だが、姉は全く後ろ盾のない人間である。側室は王と同じ流行病で亡くなっているし、祖父母の地位も低い。

対して妹である私の母はと言えば、公爵家の人間でありその祖父もこの国の重鎮であった。

結果――妹の私が適任である、と周囲は私を褒めだし勧めた。それは当然の成り行きであったのは想像に難くない。


実を言うと、小さな頃は私もまんざらではなかった――と、6歳の時を振り返る。

小さかったために、陛下自身もどちらを娶るかなどはあまり考えていなかったのだろう。

二人に対する態度はまるで同じ――いや、子供に対してなのだから、えり好み以前の問題であったのだろう、ただ近くにいる兄のような人、と言うのが私の感想であった。


だが、運命は皮肉だ。


成長するにつれ、兄のような陛下は美しく育つ姉へひかれていった。

美しく、といえども私の母は国一番の美人と言われた人だ、造作で言えば私の方が派手で美人かもしれない。

だが、姉の持つ清楚な美しさが陛下の好みだったのだろう、姉が成長期を迎え女性らしくなるにつれ、陛下は私を厭い姉を熱望するようになった。


私はと言えば。

淡い初恋のようなものは感じていたものの、美しい姉の事は好きだったし、両想いの二人を引き裂こうと言う気は起こらず身を引こうと思った。

何故? と言われるかもしれないが、陛下の様子を見れば賢い人間には分かることだ。


邪魔したら一体何をされるのか分からない。


そのくらい、王は激情家と感じたのだ。

まだ幼かったからなのか、それとも美しく着飾るだけの母が反面教師になっていたのかは分からないが、私は自分で言うのもなんなのだけれど人の気持ちには敏感だった。

だからこそ、私は幼心に決心した。


姉と陛下の婚姻を、私も望もう、と。


母が口出してくるたびに、私は反発した。

パーティを嫌がり姉を隠したがる陛下の意を受けて、姉の代わりに夜会へ出席し蝶よ花よとふらふらと男を物色した。

まぁ、さすがに色事までには発展する気はなかったのだけれど、本気で好きな人が出来たら駆け落ち同然で逃げ出してもかまわないとも思っていた。


王族としての矜持?

生きていなければ矜持等意味がないではないか。

王はその気になれば、母の実家ごと私の血筋を取り潰す事すら厭わないであろう。

愚王とそしられようと彼は恐らく恋慕を貫くし、それだけの行動をしても許されるだけの魔力りゆうと、実家の悪質とも言える専横おうりょうが存在する。


だが。

私がいなければ、私自身の評判が落ちればそれだけ姉が陛下に望まれる理由になり、周りの貴族おとなの言い訳にもなる。

だから私は周囲へ愛想を振りまき、王へは見向きもしない態度を取った。

王に望まれる気などありはしなかったからだ。


それなのに―――――。


「貴方の努力が実を結んだのよ」

「……」

「貴方は王に止めて欲しくて他の男に愛想を振りまいていたのでしょう?」


酷い誤解だ、と言うのは簡単だけれど結果はそんなものだった。

どんなに男へ愛想を振りまいても、最後の一線どころか身体に触れる事すら許さない。

そんな私の態度は、王への求愛に見えていたらしい。そう見えるように母が噂を振りまいたのかもしれないけれど、そこまでの情報戦は私には不可能で、放置した結果がこれだった。


最早物語に出てくる悪役としか思えない状況である。

身分の低い姫を娶ろうとすると、身分の高い意地悪姫が邪魔してきました――そんな、おとぎ話。

私にはそんなつもりなんてないのに、母が、祖父が、実家の周囲とりまきが望む状況が、私を悪役へと押し上げたのだ。


―――泣きたい。


それでも姉がいれば、心のままに陛下が姉に求婚してくれれさえすれば、私はそれを支持するつもりだったのに。

どうして私を娶るなんていいだすのだあの国王陛下は。

最早手遅れと言うべき状況に、泣きたいを通り越して茫然とするしかない。


「――ねぇ、母様。姉上様はどうなるのですか」

「あら、貴女に負けたあの女のことなど聞いてどうするのです」

「……」


姉をあの女呼ばわりする母に、密かに溜息をつく。

この態度が一番陛下の勘に触っていると何故この人は気付かないのだろうか。


「……気になりまして。姉上様は、他の方へ嫁ぐのですか?」

「そうね。貴女が陛下に嫁いだ後には、どこかへ降嫁していただくわ」


すでに降嫁して「いただく」と言い切った母に、祖父の権力が見え隠れして私は目をつぶる。

これで、いいのだろうか。

私は王なんて愛していないのに、なにより王に望まれてなどいないのに、何故王と結婚しなければならないのだろうか。


「―――少し、気分がすぐれませんので、失礼します母様」

「ゆっくりおやすみなさい。明日から忙しくなりますからね」


にっこり笑うその姿に、私は目を細める。

警戒が緩んだその姿。

それならば、私は―――――。



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