表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

137/421

二研(4)

 二研の部室にはなぜか小さな鳥居がある。赤く塗った割り箸を四本組み合わせただけの簡単なものだ。それが窓際のテーブルの上、ゴミやパーツの中に埋もれる様にちょこんと鎮座ましましている。

「これ、つくったのたぬちゃんだっけ?」

 ゴミに埋もれている割には妙に目につくそれを指差し、副部長西山恵子は部屋の隅っこでまるまるように眠っていたたぬ吉に声をかけた。

「はい! お稲荷さんは商売繁盛のお守りですっ!」

「こーいうのって、下手にするとバチとか当たらないの?」

「私、そんなことしませ──ぎゃっん!!」

 悲痛な悲鳴に恵子が振り向けば、涙目で帽子の後頭部を抑えるたぬ吉とそのたぬ吉を引きずって出ていく哲也の姿が見えた。

「てつぅ……?」

「じゃりん子のアクセントで呼ばない! バカだぬ、朝飯食いにいくぞ!」

「あっ、学食できつねうどん!」

 哲也が飯といえば半泣きだったたぬ吉の顔がパッと明るくなる。それに哲也が「奢らないからな」と声をかけながら、二人はさっさと部室を後にした。

「あの二人も良く解らないカップルだなぁ……」

 恵子はそうつぶやきながら、再び、小さな鳥居へと視線を向ける。

「っと……これ、何かな?」

 そう言ってつまみ上げたのは『出張所』と書かれたこれまた小さな立看板、鳥居のすぐ隣に置かれたそれを恵子は不思議そうに手の上で転がしてみる。どこの出張所だろうか? と彼女は首をひねった。しかし、ひねった所で答えなんて出るはずもない。

 ズンチャンズンチャン~♪

 ひねった首を戻すよりも早く、ツナギのポケットにねじ込んだ携帯電話がハードロックな曲を奏でる。取り出してみれば、その液晶に浮かんでいるのは『高見直樹』の文字だった。

「お金の匂いがするかな? ……はい、もしもし、なおっちゃん?」

 その恵子の直感は概ねあたりだった。


 さて、話はたぬ吉が哲也にどつかれる前五分のあたりから始まる。

 学祭初日、良夜は去年同様喫茶アルトの特別配達係を仰せつかっていた。普段、外部への配達を一切していない喫茶アルトだが、学祭の二日間だけは学内への配達を執り行う。年に一度のお楽しみ、学祭には参加しない教授や研究員たちもここぞとばかりに利用してくれるし、お祭り気分に浮かれた連中は妙な(ラーメンとか鍋とか、チーズフォンデュとか)注文に血道を上げる。学祭名物の一つだ。

「じゃぁ、行ってきます」

 大きなリュックと籐篭を一つずつ持ち、良夜は喫茶アルトのドアベルを内側から鳴らす。今日の服装は喫茶アルトの制服、白いワイシャツも臙脂のスラックスとベストも首元を飾る蝶ネクタイも全てクリーニングから帰ってきたばかり。糊の効いた服はどうにも着慣れず、どこかぎこちない。

「相変わらず、一番似合わないわね?」

 ベストの間からひょっこりと首を覗かせ、アルトが言うと、良夜はうるさいと一言だけ反論する。もっとも、当人すら他の三人に比べてかなり似合ってないなぁ~と思っているのだから、その反論にも力がない。

「あら……?」

 ドアから数歩の旅を終わらせ、そこに止めてあったスクーターに近づくと、アルトが小さな声を上げた。

「カゴ、付けたのね?」

「二研に転がってたのを貰っただけだけどな」

 一部歪みもあるし、よく見ればあちこちにさびが浮かんではいるが、良夜の中古スクーターには先日まで付いていなかったカゴが付いていた。アルトは良夜の胸元からポンと飛び出すと、そのカゴの上にスゥッと音も立てずに降り立つ。

「また中古? 徹底的にお金をかけずに済ませるつもりなのね」

 トントン……平均台を演じる体操選手の様にアルトはカゴの縁を歩いて回る。そして、一回り終わらせるとカゴの縁でバランスをとりながら、良夜の顔をそこから見上げた。

「ちょっとボロいけどしっかりしてそうね? 気に入ったわ」

「アルト、一つ言っておくけど、それはお前の椅子じゃないぞ?」

「……あら、今日はやけに察しがいいわね?」

 大きな目を殊更に見開くアルトを見下ろし、良夜は小さくはないため息をまた突いた。

「この流れならそうなると思ったよ。荷物のないときだけにしてくれ。今日は荷物が多いんだ」

 そういって良夜は手に持っていた藤のバスケットをカゴの中に置いた。すると、それはあつらえたかの様にすっぽりと中に収まった。

「バスケットの上に座ったら飛んじゃうかしら?」

 カゴの縁からバスケットの上へ、木靴でこんこんとバスケットを蹴っ飛ばしながらアルトはそこを歩き回る。

「食い物が入ってる物を蹴るな、座るな、行儀が悪い」

「私の靴は綺麗よ。お尻も綺麗。見たい? ロリコン」

 アルトが良夜を見上げ、下らない罵倒を口にしたのと、先ほど出てきたばかりのドアが開いたのはほぼ同時だった。

「ごめん! 浅間くん! もう一ヶ所、配達お願いします!」

 開いたドアから響いたのは聞き慣れてるけど、いつまでたっても耳に馴染まない丁寧語。振り向けば、貴美がドアから顔をだし、手を振っているのが見えた。その声に良夜は「へいへい」と投げやりな返事を一つ二つ、カゴに納めたばかりのバスケットを持ち、その場を後にする。

「ちょっと! 丁寧に扱いなさいよ!」

 振り落とされたアルトが叫ぶも、やっぱりそれにも「わりぃ」とだけ言葉を返し、良夜は貴美の待つドアへと急ぐ。そして、ドアの内側と外側に別れ、良夜は貴美と言葉を交わし始めた。

「どこになに?」

「演劇部。二条さんがお腹空いたって」

「二条さん? もう?」

「昨日の夜から徹夜で練習してたそうですよ」

 慇懃な態度と口調で説明され、良夜は「ああ」と小さく首肯した。

「夜中も学校、電気が点いてたからなぁ……」

 良夜はバイトから帰ってくるとき、いつも大学の前を通る。普段は研究棟の一部にしか点いていない明かりが、昨夜はそこかしこで煌々と明かりを放っていた。

「二研も遅くまで準備してたそうですよ?」

「……吉田さんさ、客、そばにいないんだから普通に話せよな」

「浅間くんの嫌そうな顔が見たいだけです」

「むかつく、この女……」

 にっこりとはち切れんばかりの笑み、知らない人間が見ればきっと品のある物に見えるのだろう。が、彼女の本性──大学一二を争う騒動屋で腐女子──を知っている者から見れば、その笑みの裏に何かの企みを感じざるを得ない。てか、素直にバカにされているようにしか思えない。

「バカにしてますよ?」

「直樹、マジで人生考え直せ!」

 まぶしすぎる笑みから右に視線をずらすと、その背後にカウンターでギブスの足をぶらぶらさせている直樹がいた。しかし、彼はニコニコと上機嫌に手を振っているだけ。そんなに女装しないですむのがうれしいのだろうか?

 そんなこんなで数分、営業モードの貴美と言葉を交わしているうちに時は進む。

「良夜さん、お待たせしました」

 美月からバスケットを受け取ると、先ほどよりもかなりずっしりとした重みが手に伝わる。

「ずっ、ずいぶん重たいですね」

「演劇部はおにぎりですから。朝はお米を食べないと元気でないそうですよ? 二条さん」

「ああ、解るかも……」

 美月が言うと、朝食はご飯党の良夜もそれに軽く同意。しかし、生まれも育ちも喫茶店という美月はちょっぴり不満げに頬を膨らませる。

「そんなことないんですよ? トーストとバターと目玉焼きでも元気は出ます」

「パンとコーヒーもいいんですけどね──」

 スパーーーーーーーーーン!!!

 言葉を遮る圧倒的な音量。頭を白く染め上げるに十分な音に良夜の言葉と思考が止まる。

「うひゃっ!? なっ、なに?! 鉄砲?! 舘ひろしが龍神会のやくざでも追いかけてる!?」

「タイヤがパンクしたんじゃないんですか……?」

 美月と入れ替わりに引っ込んだ貴美が飛び出し、それに足を引きずった直樹が続くと、良夜も音の源らしき方へと視線を向ける。

 そして、彼は頭を抱える。そこにあるのはたった一台のスクーターで、そのスクーターは紛れもなく良夜の物であったからだ。


「ああ~ビックリした」

 もちろんと言うか、やっぱりと言うか……犯人はアルトだった。カゴの中に振り落とされたアルトは、最所こそ、素直にそこで待っていた。しかし、良夜は貴美と話し込んで全然帰ってこない。で、何を思ったか、タイヤをストローで突いたらしい。当然、タイヤはパンク。大音量の爆発をわずか数センチの所で喰らった彼女は、無様にも白目を剥いて気絶していた。

「ひび割れがあったのよ。ひび割れがあったら何かを差し込んでみたくならない? ……ああ、耳がキンキンする」

 差し込むなよ、しかも、ストローを……と、心の片隅で思いながらも、それは声に出さない。

 なぜなら……

「りょーやんさん? ちゃんとタイヤは定期的に交換してくださいね?」

 なぜなら、その場に喫茶アルトの関係者以外の人物――二研副部長西山恵子がいたからだ。

 普段なら良夜はバイクの面倒事は直樹に頼むのだが、今日は骨折中でそれも無理。他に誰かいないか? と直樹に紹介してもらったのが彼女だった。

「えっと……りょーやんさんは止めて。いくらします?」

「リアとフロント、両方替えて一万円かなぁ……手間賃はおまけで」

 ばっくりと裂けたタイヤから顔を上げ、彼女は油汚れの目立つ手を雑巾のようなタオルでゴシゴシと拭く。役に立っているのかな? と思うが、多少はゴムの黒ずんだ汚れが雑巾の方へと移動しているような気がする。

「両方?」

「両方。リアもツルツルだよ? これでよく雨の日とか走れてたよね。なおっちゃんも少しは気にしておいてあげなきゃダメだよ? 時々、様子見てたんでしょ?」

 彼女がそういうと付き添っていた直樹はバツが悪そうに頭を掻いた。

「ええ……まあ、気をつけてたんですけど……ね?」

 ねっ? と同意を求めるように直樹が首を回らせると、良夜もやっぱりそっぽを向いて、ほっぺたを掻く。

「もしかして……りょーやんくん、なおっちゃんに言われてたの?」

「りょーやんくんも止めて……えっと……まあ……近日中に替えようかなぁ……とは思ってたんだけど……」

 責めるような視線を向けられると、良夜は何となくいたたまれない気分になった。少し前……と言っても数ヶ月単位の『少し前』、直樹に替えた方が良いとは言われていたのだが、持ち合わせがなかったり、色々と忙しかったりでほったらかし。免許も取ったし、パソコンも新しい物にしちゃったし……正直、彼にとって原付のタイヤはかなりプライオリティが低い買い物だった。

「あら、だったら大怪我する前にパンクさせてあげた私に感謝してほしいわね」

 会話を聞いていたアルトが、頭の上でふんぞり返る。物は言いようとはまさにこの事。今日は忙しいんだよと反論をしたい所だが、それをグイッと心の深い部分へと、良夜は押し込む。

「じゃぁ、その値段で……お金はいつ払ったら良い?」

「うん、それなんだけど……今日、手があわなくて……ほら、学祭でしょ? 今日。代車、貸すから、明後日まで待ってくれます? ダメなら、うちの人呼ぶけど、そうなるとちょっと高くなっちゃうのよ……」

 少し申し訳なさそうにそういうと、彼女はポケットの中から小さなキーホルダーに付いた鍵を手わた……えっ? と、良夜の思考がまたもや止まる。渡された鍵、それはさっき、彼女が乗ってきたバイクから外したものだ。きっと、最初からそれを代車にするつもりだったのだろう。それは良い。問題はそのバイクの車種だ。

「あっ……あの、それ、代車にするんですか?」

 それ……と、直樹が指さしたのは、やっぱり彼女が乗ってきていたバイク──NSR-50だった。NSR-50、九十年代、ツーストレプリカマシンが大流行りだったころ、サーキットでブイブイ言わせていたホンダがサーキットで得た技術のすべてをつぎ込んで作り上げた最強の原付だ。当然ではあるが、スクーターではなく、ちゃんとしたオートバイである。

「しかも、これ……サークルのおもちゃになってる奴じゃないですか……メチャクチャにイジってて、僕でもすごく乗りにくいのに……」

「てか、これ、ミッションじゃんか……」

「だってぇ……今、原付免許で公道走れるバイク、これしかないんだもん。てつぅが一台、エンジンかからなくしちゃったし」

 直樹と良夜、口々に攻め立てられれば、くしゅんと彼女はうつむいてしまう。まるでちょっと苛めてるみたいで心が痛んだ。とは言っても、車はミッションの免許を持っているが、スクーターじゃないオートバイなんて駐輪場で直樹のZZRにまたがったことが何回かあるのと、二研でオモチャになってるカブにちょっと乗せて貰ったことがあるだけだ。

 とてもじゃないが、こいつを運転する自信はない。

「仕方ない……少々高くなるのは良いから、家の人、呼んでもらえますか?」

「それも……午前中つぶれちゃうよ。うち、旧市街だし、みんな、仕事中だし」

「それも……ヤバい、二条さんが待ってんだ……」

 そのつぶやきと同時に、閉まっていたドアが開く。顔を出したのはフロアチーフ、三島美月。彼女のお言葉は良夜の顔から血の気を引かせるに十分な一言だった。

「あの……良夜さん、二条さんが男声で切れてます……よ?」

 細い眉を寄せて、美月がそういうと、欠食オカマが発する魔王の声が頭の中でリピート再生される。たださえ、食い物への執着が強いオカマだというのに、これ以上待たせたら……

「ああ! もう! 転んでも知らないから!!」

「大丈夫です。上乗せは多めにかけてますから」

「事故るの前提かよ!!」

 手渡された鍵を鍵穴にねじ込んで、セルスイッチを一発。エンジンを叩き起こすと、エンジンはミンミンゼミを思わせる甲高い声で寝起きの鳴き声を上げる。前に直樹から聞いたクラッチの繋ぎ方を思い出しながら、スロットとクラッチレバー、そしてシフトペダルを操作する。それだけでピーキーにチューンされたバイクは国道へと弾かれるように飛び出して行った。

「だっ……大丈夫、かなぁ……」

「壊れたら、なおっちゃんが修理してね」

 前輪、浮かびぎみに飛び出すバイクを見送り、直樹と恵子は話しかけるともなしに声を出し合った。この時、直樹は知らなかった。彼の撫で心地と座り心地の良い頭の上に妖精さんが居たことを。

「良夜が壊れなきゃ良いけど」

 この時、彼女の心は……

「今日は一日、店内でゴロゴロしよう」

 に決まっていたことは言うに及ばない。


「アルト!! 逃げやがったな!!??」

 リミッターなんてとっくに外されちゃってるNSRはギャバギャバと嫌な音を立てて、二研部員たちが準備に走り回っている駐車場へと突っ込んで行くのだった。


 その頃、演劇部。

「お腹空いた、ご飯プリーズ。飢え死にしちゃう」

 と、“喋る”二条陽の恐怖が部員たちを支配していた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ