5. 恋愛コミュニスト
梅ちゃんの一件があってから、数日が経った。私たちは随分と練習し、私自身も、格段と上達していった。初めてのギターは指先がヒリヒリして、とても痛かったなあなんて、今は硬くなった指を見つめながら、思い返していた。
今は、『チェルノブイリ』初となるオリジナル曲を作曲しているところだ。もちろん私は、作曲の経験なんて皆無だったけれど、メンバー全員とも経験はなかったようで、ボーカルも兼ねている私が、一人、自室にこもって作曲をしている。
「いや、無理だからね。出来っ子ないからね」
そんな独り言が、部屋に虚しく響く。
昨日、刺青を入れたスキンヘッドの男が店へとやってきた。
「店長いるか?」
結構な濁声をした人だった。見た目以上にその声が嫌な感じで、私が店長は不在だということを伝えると、彼はがっかりしたように、でもやっぱりなみたいな、そんな表情を見せながら、「そうか」と言っていた。その表情も、なんだか怖い感じだった。
「あれ?メグさん?」
振り返ると、翔太が目を大きく見開いていた。
「メグさんですよね!お久しぶりです!」
「あ、翔太か!ひさしぶり!大きくなったな!」
店長と翔太のお知り合いさんらしい。たぶん、音楽的な付き合いがあるんだと思う。
翔太から聞いた話によると、彼はメグという名前で、すごい有名なバンドの元ベースを担当していた人らしい。今は引退して、大きなライブハウス会場のオーナーをしているだとか。そんな人と知り合いだったなんてすごいなあ。
「今日は店長に用があったんだが、まあいいや。翔太、バンド組んだんだって?うちんとこのライブ会場で、来月パーキンスってバンド主催のでかいイベントがあるんだけど、そのイベントに出てみないか?」
ふっとした。聞こえづらい声だったけれど、私の耳はしっかりと反応してくれた。ライブのお誘いらしい。それも、大きな舞台での。私は翔太を見ながら、大きく頷いて、ガッツポーズをした。
「ついにチェルノブイリもライブかあ」
そうして私が、このライブに向けて、オリジナル曲を作ることになったのである。
どうせならかっこいい曲に仕上げたいな、と思っていながら途中まで作った曲は、想像とは随分と違って、ふわふわとした、マシュマロみたいな曲だった。
「甘い」
翔太に聴かせても叩かれることは分かっていたので、まずは梅ちゃんに聴いてもらったが、梅ちゃんも一言で終わらせるくらいに、つまらなかったらしい。
でも私は、ショックを受けることもなく、やっぱりこんな曲じゃあないんだよなあ、なんて思って、作り直すことにした。あまり時間がないので、贅沢は言っていられないけれど。
時間がないという理由と、これ以上アイデアに限界があるという理由から、その曲自体は変えなかった。無謀、というか、これでもしも、イマイチな曲なんて作ってしまったら、翔太に怒られるどころか、初ライブが台無しになってしまう。
でも、出来上がった曲を翔太に聴かせると、翔太は、何も言わずに笑っていた。
仕上がった曲は、マシュマロみたいに甘くふんわりとした曲ではなく、シャリシャリとテレキャスターのシングルコイルの音を効かせた、激しい曲。これが、私が悶えに悶えて作った曲。好きな人への想いを綴っただけの、乙女心を乗せただけの、ラブソング。曲調は、全然バラードではなく、エモーショナルロックといった感じだったけれど。
私は、この曲の名前を、『恋愛コミュニスト』と名づけた。