3. 1000BPM
バンドを結成した直後にまずしたことは、私の楽器決めだった。私自身、もう決めていたのだけれど、翔太も察していたようで、担当はギターになった。
「翔太もギターで、私もギターって大丈夫なの」
ギターは二人いてもいいらしい。いや、そのくらいは知っていたけれど、翔太の技量についていけないと思っているがために、そういう後ろ向きな発言をしてしまう。
「つぐには、俺らバンドのギターボーカルを背負ってもらう」
そういうわけで、正確に言い直すなら、私の担当はギターボーカルということになった。そこまでの技量は必要ないからということを言われ、私はすぐに同意した。
ギターボーカルに向いている楽器といえば、レスポールかなと頭をよぎった。この前見たバンドのギターボーカルがレスポールを扱っていたから。
「レスポールは、重くて嫌だよ」
そう、レスポールは他のギターと比べて、圧倒的に重い。女子には向かないと思う。
「お前が背負うのは、レスポールじゃなくて、これ」
そういって店に並んだ楽器の中から取り出したのは、フェンダーのテレキャスターというタイプのギターだった。
「コードとかなら、フェンダーのテレキャスターの方が断然向いてる」
ギターボーカルに向いてるとは知らなかったけれど、テレキャスターというタイプのギターは知っている。
「ま、とりあえず、弾いてみ」
翔太は、私が弾けないのを知っているのに、こういう意地悪じみたことをする。試奏しても、何も分からないっていうのに。
『チャラーン』というクリーンな音が店内に響く。あれ?思っていた音と、随分と違う。もう少し歪んでいると思っていた。こういうクリーンの音も嫌いじゃあないけど。
「どう?」
コウが私に感想を訊いてきた。私が「いまいち」と答えると、翔太は、私が歪みを求めていることに気がついたようで、エフェクターに接続してくれた。ギターは、歪ませたり、クリーンにしたりと、エフェクターを使って音色を変える。
『ジャーン』と、レスポールとはまた違う、歪んだ音を奏でた。これもまた違うような気がして首を傾げる。
「あー、パワーコードばかりで、音が薄っぺらいからじゃね」
なるほど、私が押さえているパワーコードというコードは、簡単で弾きやすいものの、音が薄っぺらいという欠点がある。歪ませたりすると、そうでもないのだけれど、クリーン重視のテレキャスターではパワーコードはあまり向かないらしい。
「私コード分かんない。翔太が弾いてみてよ」
そういって、私はギターを降ろして、翔太へとパスする。
なんて言ったらいいだろう。翔太が弾いてみせたギターは、さっきまで私が弾いていたのとは明らかに違う、別の楽器になっていた。カッティングという奏法や、アルペジオといった奏法は、私が想像していたよりも、一段と輝いて見えた。
そういうわけで、私のギターは、私が上手く弾けないテレキャスタータイプのギターに決まった。もちろん、ギターを買うお金もないので、借りることになった。
「それよりさ、どうするの。ドラム」
コウが最もなことをいう。私たちバンドにはドラムがいない。普通はバンドを結成する前に、メンバーを集めるべきだと思うんだけれど。
「当てならいる」
そういって翔太が連れてきた彼女は、小梅と名乗った。
「梅かよ!」
小梅と名乗った彼女は、コウの妹らしかった。凛とした顔つきで、身長も高く、髪はストレートで、とにかく綺麗な人だった。大雑把な私が、対になっているようで、少し切なくなった。
「はじめまして。つぐさんのことは前々から聞いています。今回、ドラムとしてバンドに入ることになりました。梅と呼んでください」
こんなバンドで上手くやっていけるのか、とても不安になった。女の子がバンドメンバーに加わるのは、私としても少し嬉しいのだけれど、こういう美人な年下と一緒だなんて、本当に、私の居場所が失くなるじゃない。
「よろしく」
本音が言えるわけもなく、私は彼女のことを「梅ちゃん」と呼ぶことになった。
「よし、じゃあ改めて、『チェルノブイリ』結成!」
コウは梅ちゃんとバンドを組むことがなんだか気まずいらしく、徐々に元気が消えていくのが分かった。
練習曲を決めた後、すぐにスタジオに入ることになった。スタジオは『スピリア』の奥の方にある。私は経験者じゃないし、店を閉めるわけにもいかないということで、楽譜を読みながら、店番をすることになった。
店の奥の方から、ドラムの音が聞こえてくる。梅ちゃんが叩いているんだろう。その日は、思っていたよりも、梅ちゃんって力強いんだなあなんて思いながら、時々来るお客さんの会計をした。
その時の私はまだ知らない。彼女、梅ちゃんが、『1000BPM』という名前で崇められている天才ドラマーだということに。