2. チェルノブイリ
朝。私が目を覚ますと、そこには真っ白な天井が広がっていた。
「あー、そうだった」
家出をした日から、私はここ『スピリア』に寝泊まりをしている。スピリアの二階は、この家族のそれぞれの部屋になっていて、私は翔太の部屋にお世話になっている。
もちろん翔太は男の子なので、スピリアの店長である翔太のお父さんの部屋に寝てもらっている。冗談のつもりで店長にお願いしたらこういうことになったのだ。
「つぐ、店開けんぞ。まだ寝てんのか」
何やら一階から翔太が私に話しかけている。
「おやすみー」
まだ眠かったのか、変な返答をしてしまった。そんな私の声が聞こえてか、ガラガラと店のシャッターを開ける音が聞こえる。今日は、いつにも増して太陽が出ている。少し布団が温かい。
「おい」
さっきまで一階にいたはずの翔太が、扉越しに話しかけてきた。
「おい、じゃなくて、つぐ。何よー、どうしたわけ」
「朝食。早く食えよ」
全く。いちいち優しいところが、私をいらだたせる。
「ごちそうさまでした」
完食。朝ごはんのメニューは、味噌汁と玉子焼きという定番料理だったけど、相変わらず美味しい。朝からほかほかの料理で気分は上々。
「ねえ、たまにはどこか出かけようよ」
「いやだ。めんどくさい」
分かってはいたんだけどね。翔太はこういう人だもん。こういう即答が来ることは予想済み。ああ、でも、こういう即答は女子に嫌われるぞ、と少し泣いてやりたい。
「いいんじゃないかな」
二人の会話に割り込んで話しかけて来たのは、小唄。私や翔太は小唄のことをコウと呼んでいる。彼も翔太や私と同い年で、翔太と同じ学校に通っているらしい。
「デートのお誘いって言うなら、うん。羨ましい限りだよ」
「ちげえよ。そういうのじゃないって」
そう、なんだけれど。なんだか少し惜しい気持ち。自分でも乙女心は管理できない。
結局、私の誘い話はまるで、最初からなかったかのようにすっと消えていった。
コウが、店に並んだ楽器の中から、高そうで木目のついたベースを取り出す。どうやら今から試奏するらしい。彼もまた、音楽が好きで、ベースを弾いている。
「アンプ、借るよ」
翔太は何を言うわけでもなく、手を上げてオーケーサインを出していた。私はその一部始終をみて、なんだか私とは違うその繋がり方に、少し悔しかった。
『ドゥオーン』と、鈍く太った音が店内に響く。振動が壁や床を伝って、響いてくるのが分かる。これがベース。ギターとはまた違う、振動が心臓に深く響く良さがある。コウはアンプのつまみを回して、音作りやボリュームの調整を行う。しばらくすると、これもまた終わって、何やら難しそうなフレーズを弾きだす。海外のバンドの曲らしい。
「コウ、つぐ。一緒に、バンド、組まないか?」
『え?』
私とコウは、翔太の予想外の言葉に、少し驚いていた。
「翔太、急にどうしたの」
私より先に、コウが声を出す。私も似たような台詞を言うつもりだったけれど。
「前々から組んでみようかと思ってた。昨日、つぐもやる気になってくれたし、ちょうどいい機会かと思って」
なるほど、とコウは首を縦にふる。何やら、バンドを組むことに同意をしている。
「決まりだな」
「ちょっとまって。私はするなんて一言も」
と言いかけて、せっかく翔太が誘ってくれたのに、断るのは惜しい気がして、というか翔太に申し訳ない気がして、「やっぱり、私もする」と言い直した。
そんな感じで、私と翔太とコウの三人は、『チェルノブイリ』というバンドを結成した。事故を連想させるキーワードは避けたかったのが本音だけれど、翔太はこのバンド名にいちいちこだわって、コウとごねていたので、私は翔太に一票入れた。ちなみに、コウがつけようとしていたバンド名は『ラ王』。男の子たちの頭のなかって、どうなっているんだろう。本当よく分からない。