2・眼鏡が破壊された日 ~その2~
破壊されたわたしの眼鏡は、フレームの左側部分が割れているように見えた。そのせいで左のレンズがはずれていた。
幸いにもレンズは割れていなかった。わたしは視力が極度に悪いため、レンズの厚みがかなりある。そのおかげで若干強度が増しているようだ。
風呂上りの濡れた顔と手をとりあえず拭いて、むざんな姿に変わり果てた眼鏡を拾いあげた。
本当にフレームが割れているとしたら、まさに“壊滅”状態だ。“やつら”の思惑通りになるというのが、とてつもなく悔しかった。
眼鏡滅亡プログラムの中にある<超落下システム>は、わたしが思っていた以上の破壊力を秘めているようだった。
ほんの1メートルほどの高さから落ちただけでも、眼鏡はこれだけのダメージを負うのだ。
なかば諦めながら眼鏡を観察していると、割れていると思っていた部分は、わたしの思い違いだったことに気がついた。
よく見るとその箇所は割れているのではなく、小さなネジで留めていた部分がはずれていただけだった。
床をくまなく探してみたが、ネジは見当たらなかった。
おそらくネジは、“やつら”に持っていかれてしまった可能性が高い。
わたしが眼鏡に気をとられているあいだに、“やつら”のプログラムによってネジを消されたのだ。
もちろんわたしの推測にすぎないが。
わたしは妻に心配をかけまいと、破壊された眼鏡のことは言わなかった。
視力が良い妻には、<眼鏡滅亡プログラム>のことなどに神経を使わせたくはなかった。
後日、わたしは眼鏡を購入した店に向かった。
レンズは割れていないし、ネジがはずれて無くなっていただけだったから、すぐに修理してもらえるだろうと期待していた。
眼鏡屋の女性店員は、黒ぶちの眼鏡をかけていた。少しぽっちゃりした20代後半くらいの女性だ。
わたしが事情を説明して修理を依頼すると、店員の眼鏡の奥がキラリと光ったような気がした。
そのとき、わたしはいやな予感がした。
このまま女性店員に自分の眼鏡を預けてしまっても良いのだろうか。もし店員が“やつら”の構成員だったとしたら? それこそ、わたしの眼鏡は粉々にされてしまうのではないか?
そんなことを考えているあいだに、店員はわたしの眼鏡を持ってさっさと店の奥に行ってしまった。
店側の迅速な対応に感謝しながらも、まだ少し不安は残っていた。
10分ほど待っただろうか。例の店員がわたしの眼鏡をトレイに乗せて戻ってきた。
「お待たせいたしました」そう言いながら店員はわたしの前に眼鏡をさしだした。
眼鏡はまるで買ったときのように綺麗な姿に戻っていた。
わたしは満足しながら「おいくらですか?」と修理代のことを訊いた。
すると店員は奇妙なことを言いだした。
「いいえ、お代はいただきません。お客様はわたくしどもの会員様でいらっしゃいますから……」
なんだって? 会員?
もしや彼女はわたしが所属している<夕陽から眼球を守る会>のことを言っているのだろうか。
店内には他の一般客もいるため、秘密結社のことは口にできない。するとこの店員は、暗に同じ組織に所属しているのだと、わたしに伝えているのだ。
これほど身近に仲間がいるというのは頼もしいが、組織以外の人間には絶対に知られてはならない。
なるほどこの眼鏡屋は、<眼鏡滅亡プログラム>に対抗して、安価で買い求めやすい眼鏡を販売することで普及に貢献しているのだ。
けっきょく今回は、“やつら”のしっぽを掴むことはできなかった。
破壊されただけで終わってしまったが、できるだけ毎日眼鏡をかけるようにして、“やつら”の破壊活動を注意深く観察しなければならないだろう。
いまもどこかで、善良な眼鏡たちが破壊され続けているのだから。
今後は眼鏡の落下に気を付けなければならない。