1・眼鏡が破壊された日 ~その1~
聞いたことがあるだろうか。わたしたちが暮らしているこの平穏な日本にも、恐ろしい壊滅計画が進められている。
<眼鏡滅亡プログラム>
この背筋も凍る忌まわしき計画によって、なんの罪もない眼鏡が次々に破壊されているという。
あるときは自転車に乗って、夏の風をきるように走っていると、前方から飛んできたセミが顔面に衝突して眼鏡が破壊される。
またあるときはトイレで用を足そうとして下を向いたときに、するりと眼鏡が便器へ落ちてフレームが割れる。
そういった出来事のすべてが、<眼鏡滅亡プログラム>によって仕組まれているというのだ。
この恐るべき計画をより詳しく知るために、わたしは眼鏡を購入した。
いつか必ずこの計画の首謀者をつきとめ、<眼鏡滅亡プログラム>を阻止しなければならない。
――秘密結社・夕陽から眼球を守る会 会員 新田 直
その日の夜、午後11時頃だったと思う。風呂に入ろうとしていたわたしは脱衣所に設置してある洗濯機の上に、自分がかけていた眼鏡を置いた。風呂から出るとすぐに寝られるように寝巻とバスタオルも一緒に置いていた。
日々のささやかな筋力トレーニングの成果を確認するため、35歳の自分の身体の肉感をチェックしてから浴室へ入った。
30分ほど入浴したあと、脱衣所で体を拭くために、洗濯機の上に置いていたバスタオルを手に取った。
そのときだった。
――ガタン
と音がした。
突然鳴った音にすぐに反応したわたしは、顔にバスタオルをあてながら、音がしたほうに何気なく目を向けた。
音は洗濯機の下のほうから聞こえてきた。眼鏡をはずしているためあまりよく見えなかったが、かろうじて洗濯機のそばにころがっている黒い物体が見えた。
わたしの眼鏡だった。
その眼鏡を見た刹那、<眼鏡滅亡プログラム>のことが脳裏をよぎった。
まさかわたしの眼鏡が狙われるとは、想像だにしていなかった。いや、油断していたと認めるべきなのかもしれない。
<眼鏡滅亡プログラム>が発動したことにより洗濯機の上から“超落下”したわたしの眼鏡は、むざんにも破壊されていた。
“超落下”というのは、おそらく<眼鏡滅亡プログラム>の作動によって落下速度が追加され、通常よりも落下の衝撃が強くなることをいう。
落下した眼鏡はフレームからレンズがはずれてしまっていた。
この眼鏡を購入してまだ数ヶ月しか経っていないというのに、はやくもわたしの眼鏡は“やつら”に狙われていたのだ。