和解
ところが下女たちは下男たちの衣だけは作らないと言い出した。
「この騒動の発端は若い男が新入りの幼い娘に突っかかってきたのが原因ですよ。それで意地を張った男どものために、どうして私達が手間暇かけて衣を縫ってやらなくてはならないんです?」
女達はそう言って、下男たちは古い衣で行けばいいと言い張った。妻のいる年配の男なら妻に支度を頼めば良いが、若い一人身の男達はそうはいかない。若い男たちはすっかりへそを曲げ、
「皆が新しい衣を着ている中で、古い衣で御供をするなんて出来るものか。俺達は邸に残らせていただきます」
と言いだした。これではせっかくの女君の気遣いも台無しになってしまう。
「お方様のお言いつけに背くとは。これはお方様の甘やかしすぎです。今度こそキチッと叱ってやらないと」
せっかくの女君に気遣いに心いたらぬ者達に、命婦はカンカンに怒っている。邸の主人のために献身を尽くすべき者達が、自分たちの言い分を通すことに夢中で肝心の主人の心をないがしろにしているのである。
「まあ、お待ちなさい。皆、意地っ張りなのですね」
女君はそう言ってにこやかに笑っていたが、このままでは騒動に決着がつかない。命婦のように人々を取りまとめる役目の者にとっては、困った状態が続くことになってしまう。そこで女君は下男と下女、それぞれ別々に説得した。下女たちには、
「かまいませんよ。あなた達がいなくては私がどんなに美しい衣を望んでも、作り出す事が出来ないのですから。でも、今度用意するわたくしの装束は、いつも以上に良い絹を使い、金や銀を張った扇なども作らせるので、警護の侍はわたくしの車を特に守って頂かないといけませんね。とても他の人の警護までは手が回らないかも……」
と言葉を濁した。そして、
「あなたたちにもこれまでの働きの御褒美に特別に良い衣を着せてやりたいけれど、男達の少ない行列にそんな姿の女達を徒歩で歩かせたら、どんな悪者が襲って来るやもしれません。残念ですが今回は無理のようね」
と言う。女君が自分達にいつもより良い衣を許して下さる。下女たちはこれを聞くと我慢できなくなった。この女君は心遣いが良くて、何か行事ごとがあったり、使用人が長い休みを取ったりする時に、禄として新しい衣を与えて下さるのだ。それだけでもありがたい事なのだが、さらに今度は良い衣を身に付けることを許して下さると言う。
もちろん身分にあった色や形の物ではあるだろうが、この君は装束に関心の高い方らしく、いつも与えて下さる禄の衣などもありきたりではない、良い染料を少しばかり分けて下さったり、衣が痛んだ時に継ぎをあてるのに使えるようにと、上質な端切れを添えて下さったりする。
そんな女君がお許し下さる上質な衣……。女達は想像するだけでうっとりとしてしまった。身分の低い自分達がそんな素晴らしい衣を身にまとう事など、めったに無い名誉なのだ。
一方、女君は下男たちの方には、
「今度の紅葉狩りは殿の御権勢を世に知らしめたいので、わたくしも出来る限りの贅を尽くして装束を仕立てようと思います。そして召し使う人たちの衣も思い切り華やかに、美しい行列を目指すつもりです。けれど、最近は物騒なのでそう言う目につく行列はあなた方のように屈強な、男達の守りが何より必要でしょう」
と、男たちの頼もしさを強調した。そして、
「下女たちには今回は華やかな衣はあきらめるようにと言ってあるけれど、本当は彼女たちの日頃の労をねぎらいたいの。あなた達が下女たちを守る気があれば、きっと下女たちもあなた方を認めると思うのだけど」
と、男たちを説得する。
常に御心を配って下さる尊敬する女君にそんな御言葉をかけられては、下男たちも女達を放ってはおけない気になった。第一、女君が「どうしても」とおっしゃって男の少ない行列でお出かけになり、万が一にも自分の邸の女達が危険にさらされた時に、その邸の男達が指をくわえて見ていたなどとは絶対に思われたくない。
女達に文句を言えるのも、自分達が男としての仕事をする姿を見せられるからこそ。つまはじきにされてしまっては活躍の場も失い、とても大きな口など叩けなくなってしまう。そもそも男達は女達に好意こそあれ、嫌っていたわけではなかったのだ。
そんな男達の心に気付いたのか、先に折れたのは女たちの方だった。
「あたいら、男達がどれだけ頼りになるか、ちっとも分かっていなかったわ。何よりこの邸の行列に邸の仲間が揃わないのは寂しいことだしね」
そう言って女たちは男たちの衣を仕立てると言いだした。女君はそれをとても喜んで下男のための衣の布も、下女のための布も大変質の良い物を用意し、染料も幾分多めに奮発した。女達は心をこめて男達の衣装を仕立て上げた。男達がこの邸にどれほど必要で、自分達がその心をいかに無神経に扱って来たか、ようやく気が付いたのである。そしてそれが、尊敬する女主人をどれほど困らせていたのかも。それを知って下男たちも、
「この邸では女達の評判ばかりが上がるものだから、つい、嫉妬しちまったようだ。男らしくなかったな。謝るよ」
と言って、下女たちの縫い上げた衣を受け取っていた。女たちの勝気さに押されて、ついついやり込めたい気になっては見たものの、どうかすれば世間を気にしなくてはならないか弱い女たちの張る虚勢を、男達だって知っていたのだ。それをつまらない嫉妬からこんな騒動にしてしまったことを、男達も深く反省していた。
そして発端となった少女と男は……。互いの意地がとければ、無理に嫌いあう必要も無い。
「あの時は言い過ぎた。俺も邸に来たばかりの時は、自分に自信がなくていつも脅えてばかりいたもんだ。だから懸命に働くお前が、いつも気になっていただけなんだよ」
少女は男を先入観を持って見ていた事に気づき、男が意外に気弱で優しい一面がある事を知った。
「あたいの方こそごめんなさい。せっかく親切にしてもらったのに自分の事で精一杯なもんだから、八つ当たりに生意気な事ばかり言って」
男の方でも少女がどれほど緊張しながら初めての邸勤めをこなしているかを知り、その後はこれまで以上に優しく接するようになった。若い男女が惹かれあうのは、もう時間の問題だろう。
そして大臣の北の方による紅葉狩りが無事に行われた。その華麗さはまるで錦の帯のようで、人々は、
「あれが、大臣様が紅葉狩りにいらっしゃる行列かい?」
「いや、立派な行列だねえ。御覧よ、あの車からこぼれた美しい衣の彩りを。大臣の北の方は龍田姫の化身と言われるだけの事はある」
「これは大臣様の紅葉狩りではなく、秋の女神龍田姫様の御里帰りの御行列に違いない」
と、かしましく噂しあった。行列は、都人の目も眩ませるようなきらびやかさと、見事さであった。高貴な方の御装束はもちろん、徒歩でつき添う人々の衣装までもが素晴らしく、しばらく都の話題をさらったという。