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恋ぞつもりて  作者: 貫雪(つらゆき)
からくれなゐに
7/12

騒動

 それを言われると男も自分が邸勤めを始めた頃の、何とも言えない不安と緊張が蘇った。あんな子供のような少女に言い過ぎてしまっただろうかと、後悔の念が襲う。

 しかし男の方も言った言葉を引っ込めるわけにもいかないので、


「頼もしいと言うより、図に乗り過ぎだ。ここの女君の評判の良さにつけ上がっているんだろう。まるでこの邸の女たち皆が、世の中に褒められているような気になっているんだ」


 と、突っ張った。


「それはあるかもしれんな。最近、ここの女たちは男に対して態度が悪いし。だから年端もいかない新入りまでもがそう言う態度を取るんだろう。どれ、ここはひとつ上の方に頼んで、女達にぴしゃりと言ってもらおう」


 そんな訳で下男たちは女君の女房から下女たちに、


「男に文句を言うなどと言う、はしたない真似はしないように」


 と注意をしてもらった。


 しかしこれに下女たちは反発した。彼女達は世間知らずな少女を守るため、下男を安易に近寄らせないようにと言い含めてあった。彼女たちから見れば下心を持って平気で近寄ってくる男達の方が、よほど油断がならない、みっともない態度だと思っていた。それなのにすべてひと括りにされて「はしたない」と言われるのは心外だった。


 確かに世間では女は生まれた時から罪深い存在で、男に楯突くなどはしたないと言われている。しかしここは女達にとって特別な邸だった。

 龍田山を見事な錦に彩らせる、山の女神の龍田姫。そんな龍田姫が都を彩る美しい装束を作り上げる、ここは女神の御殿なのだ。こんな素晴らしい邸は都中どこを探したってありはしない。

 自分達はその龍田姫に認められてここに雇われた特別な女たち。世間で言われるただ罪深いだけの女ではないと思っている。それなのに邸の男達は自分達の価値を認めていない。その日ごろの不満がこの一件で露呈してしまった。


 男達の方も折れるわけにはいかなかった。このところ女たちの態度には目に余るものがあった。男達が庭の事で遣り水を調整するのに、染め物に水を使う女達に尋ねようと思っても、


「今、衣を扱っているから手が離せないの。話ならここで出来るから」


 と言って、遣り水の状態を見にも出てこない。こちらは水の使い勝手が悪くては女たちの仕事に支障があるだろうと気遣っていると言うのに、女たちの方は男達の顔など見る必要も無いとばかりにそっけない。実は男達もこの邸の評判は女たちの働きにかかっていることを知っているから、相当普段から気を配っていたのだ。しかし女達は頻繁に男達から口説かれ、あれこれ気遣ってもらう事も当たり前に感じてしまい、今や男達への感謝の言葉も無い。


「なんだよ。まるで自分の身分をわきまえてない、高慢な女たちめ。屋根の下から出てこないなんて、どこかの良家の子女にでもなった気でいるんじゃないか?」


 男達の不満もそれなりにたまっていた。女たちの甘えた態度を許すわけにはいかなかった。


「女たちの勘違いにもほどがある。確かに邸の評判を盛り立てているのは女君に使われている女たちかもしれないが、そもそもこの邸は殿さまの物だし、女君が邸を盛り立てているのも殿さまのため。邸の事も俺達男の手が無けりゃ、庭も塀もあっという間に荒れてしまうだろう。第一男がいなけりゃ今時不用心で仕方ないじゃないか」


 そんな訳でこの邸の下男と下女は互いにすっかり意地を張りあって、険悪な雰囲気になってしまっていた。邸のあちこちで小さな言い争いが起こるようになって、思いもよらぬほどの騒動となった。そしてそれは女君の耳にも入るようになってしまった。

 女君の乳母で女房の長の命婦みょうぶは、


「本当に申し訳ございません。私達女房の下女への躾けがいたらないばかりに」


 とため息をつく。しかし女君の方は、


「こんな些細ないさかいですもの。あの者たちも本気で争っている訳ではないわ。私は細かい注文が多いから、何かと大変な仕事の憂さを、こうして晴らしているのでしょう」


 とおおらかなもの。だが命婦としては放っておく訳にもいかない。


「お方様のお優しい御心は大変ありがたいのではございますが、皆、その優しさに甘えて調子に乗っているようです。今度ばかりはピシャリと言ってやらねばなりません。邸の中でこのような騒動が起きるなど、他に聞いた事も御座いませんわ」


 命婦の困り果てた姿に、女君も考えた。


「皆若いのです。子供のような可愛らしい喧嘩ですもの。大袈裟に騒ぎ立てることは無いでしょう。でも、こんなことを邸の外でされたら困るわね。『落窪』や『光源氏』の葵祭りのいさかいではないけれど、気の逸った若者が邸の外で騒動を起こすというのは、昔から良くあることだと言うし」


「さようでございます。神代の昔から物語などはさまざまな戒めを伝えておりますが、そんな物語のように何処で遺恨を残さないとも限りません」


「ならば、皆に気晴らしをさせましょう。そろそろ紅葉が美しい頃。邸の者すべてを連れて、紅葉狩りに出かけましょう」


 女君はそう言って、紅葉狩りの支度をさせた。晴れの行列なので、下女たちには当日着る邸の者たち全員の装束を作るように言いつけた。






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