好き者
それから数年。わたくしは成人を迎え、裳着の式を済ませた。もともとは帝の皇子の女御にと望まれていたわたくしである。式が済むと多くの縁談が持ち込まれたらしい。
しかしわたくしの周りの者達はわたくしの命令を守り、めったな縁談など父に通さないように慎重に気を使ってくれた。わたくしはやや傲慢なところがある姫君と噂されたが、それでも構わない。わたくしにはそれだけの美が備わっている。
あの後帝は御退位されて東宮が新帝となられた。新帝にはすでに中宮様やあまたの女御様がいらっしゃり、親王様も多く儲けられている。決められた東宮様はまだ幼子で、女御をお迎えできるお年頃ではない。ご成人なさるまで、まだ十年はかかるはずだ。それではわたくしの花の盛りは終わってしまう。何より今のままでは父上にわたくしを入内させるつては無いだろう。
それでもわたくしはこの世で誰よりも美しい女を目指そうと思った。傲慢で結構。後宮での女の地位の高いところは目指せなくても、このただ人の世では私が一番の女でありたいと思う。
だが、それと結婚は別の事。わたくしがこうして美の極みを目指せるのは、父上の手厚い庇護があってのこと。いくらわたくしが自分を磨きたいと思っても、父上がいなければ私は衣一枚、化粧道具の一つも手に入れられない。
わたくしもただ人の妻となる覚悟は出来ている。それでもわたくしはてごたえのある恋を求めた。同じただ人の妻になるのなら家の家運を上げ、父の出世の糸口になる事が出来て、さらに恋の手ごたえが欲しい。誰よりも美しく磨きあげたわたくしに相応しい恋。父の権勢に寄りかかろうなどと考える、普通の男君など近づかせる気は無い。
家の皆を喜ばせ、幸せにし、家の誇りとなる結婚をする。初めの夢は断たれたけれど、その目標自体は変わってはいなかった。
そんなわたくしに、恋が訪れた。それは父から私に男君から文が届くと告げられた日だ。
「相手は五位とはいえ内大臣の御長男。評判の良いお家柄で出世の意欲も強く姫との釣り合いは十分な方だ。本当ならもっと早くに文をお預かりしても良かったのだが……」
そう言いながら父は口ごもった。
「何か、ありますの?」
「隠していても仕方がない。その方はどうもかなりの好き者であるらしいのだ。これまでも数々の姫君のもとに通いながら、一度も正式な婚儀をした事が無い。それも皆、身分の低い姫ばかりお相手しているらしい。そう言う方と我が姫を縁づけるのは私も本意ではないのだが」
そんなこと! 人生の目的を失う事に比べれば……これまでの努力や、皆の気遣いが無駄になる事に比べれば、どれほどの事だと言うのか。
神にも等しい帝の皇子様が亡くなられた時だって、それほどの悲しみは無かった。あのきらびやかな宮中に入れなくなったことが無念だっただけだ。その後邸の皆をまとめ上げて奮起し、すべて美にこだわり抜いて世間からの
「お気の毒な姫君」という屈辱を跳ね返し、
「さすがは帝の女御を目指された姫君」
と噂されるようになるまでの方がどれだけ大変だったか。
わたくしにとって邸の外からやってくる婿君など、どの男でもたいして変わりは無い。わたくしの恋に必要なのは、出世欲と評判なのだ。
「でも、御父上にとって大事な世の中でのお付き合いにもかかわるのでしょう? これをきっかけに内大臣様ともお親しくなれるのではありませんか?」
わたくしはやんわりとそう言ったが、父は深く悩んでいた。父はすでに昔のような野心を失いかけていた。少なくても自分の出世を娘にかけるほどの野心は無くなっていた。
それは父の優しさかもしれないが、わたくしには無用なものだった。今さらそんな中途半端な優しさを持ち出すくらいなら、初めから娘に高望みなどして欲しくは無い。高い所を目指した以上はそれを貫いてもらわねば、こちらがが迷惑だ。
新帝からの信頼厚い内大臣様との繋がりは父の出世には必要なはずだ。それはこの家にとって重大事。そしてわたくしは自分を誇れるほどに磨き上げた。中宮になると言う自分の夢を失った日から、貴族の娘として誰よりも誇れる自分を目指してきた。父の出世の役に立てずに、これまでの努力は何になると言うのか。今更気弱になられても困る。父の決意にこの家の幸せと、わたくしの自分磨きがかかっているのだから。
「御父上。そんなにお悩みにならなくても、まずはお文を頂いて見ればよいではありませんか。あまりにつまらない方でしたら、わたくしからお断りしますから」
「姫……それで、良いのか?」
「ええ、わたくしが御父上のお役にたてるなら」
偽ってはいない。本当に父の役に立ち、父にはわたくし達の庇護を続けていただきたいのだから。
父は相手にわたくしへの文を送る事を承諾した。そしてわたくしのもとに文は届いた。筆跡はなかなかのものだった。好き者を自認しているだけあって、言葉も情が込められ、歌も巧みだった。 文面の所々にわたくしの容姿を褒める言葉があった。ひょっとしたら我が姿を垣間見た事があるのかもしれない。そう言えば先月父や母が寺詣でに行って邸の人が少ない時があった。その時にかすかに視線を感じたような気がする。
人が少ないとはいえ、わたくしの身の回りの者は本当に忠実で、めったな事ではわたくしの姿が見える辺りまで近付くことなど出来ないはずだ。それでも垣間見ることが出来たのならばそれだけ要領も良く、頭も良いと言う事だろう。
それならなおのこと悪くない。ぼんやりした男など願い下げだ。わたくしはいつ人に見られてもいいように隙なく身を整えている。眠っている時はさすがに分からないが、意識のあるうちは常に自分の美を意識している。
わたくしはこの世における、生ける宝玉だと思っている。その姿に惹かれたのなら当然のこと。むしろ光栄なくらいだ。
私は全身全霊を込めた筆遣いで、古今集の歌の下の句を少し変えて返事をした。
ただ、正直に返事をしても面白みは無い。古い歌のすべてを明らかにせずに、上手く一部を切り取って返事を書く。そうすることでこちらの知性を示す事が出来る。ただ丸覚えをひけらかすような女ではない。古い歌に自分の心を表すくらいは出来る所を見せてやる。
返事にはわたくしと同じ手法で、上の句を書いてきた。これがまあ、わたくしの贈った歌と合せると一つの歌の意味になると言う凝った返事。これはかなり手慣れている。それだけ多くの恋文を書き慣れているのだろう。私は思わず、
「小癪な」とつぶやいてしまう。
それから頻繁に情熱的な歌が贈られてくる。歌だけでなく漢詩が書かれている時もあった。女にもそうした知性を求められる方らしい。こちらもかなり試されている。しかも多い時は日に二度も歌が届けられる。そして筆跡に手を抜いた様子が無い。間違いなく相手も全力をふるっているのが分かる。これなら昔の父のように目的のためなら必死になって、辣腕も振るえるのではないか。これはただの好き者ではないだろう。公務も良くこなしているに違いない。
女に人気があって要領も良く、親の身分も悪くない。歌や詩にも人柄が出るのか、情熱的で明るかった。そしてわたくしに全力で向かって来る。
相手にとって不足は無い。わたくしはその方との結婚を決断した。




