表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バロッシュ  作者: 青の鯨
雨の降る夜
7/129

雨の降る夜-6-





…こんなにもこの屋敷は広かったのか。静かになってしまった空間に、まるで取り残されてしまった感覚に陥る。



優しく起こしてくれる母さんも、朝食を用意して待ってくれるメイドたちも、自分の退院後に笑顔で訪れる患者だった人たちも…。もう会うことはないんだ。会えないんだ…。




――――…そして、厳しくも優しかった父でさえ…。




それもこれも、全て俺のせいだ。俺の…。



学校へも行かず、部屋のベッドの上で横たわる。高い位置にあった太陽がどんどん傾き、空の色が水色から赤、そして真っ黒に染まるのを何も考えずぼうっと眺めていた。



ランプも点けないまま暗闇の中でふと思う。


…俺…生きていていいのかな…?




その時、パッと部屋の灯りが点いた。使用人の一人が夕飯の支度が出来た為に呼びに来たのだ。


「坊っちゃん…暗がりで何してるんですか?」


昔から母の家で仕えていた執事のじいちゃんが、寝ている俺の側までやって来てベッドに腰掛けた。俺は虚ろな視線を向けるが、起き上がろうとはせず、また窓の外に目を戻す。


「…何も…。何もないよ、俺には…。」


そう小さく呟くと、じいちゃんはそっと俺の頭を優しく撫でた。少しゴツゴツしてシワのある手が髪の毛に触れる。


「ありますよ。坊っちゃんの髪は奥様…いや、お嬢様と同じ綺麗なブロンドですね。でも目の色は旦那様と同じ深いブルーです。ちゃんとお二人からもらっているではありませんか…。」


「…え?」


じいちゃんの言葉を飲み込むまでに時間がかかった。


―――…俺には、まだある…?二人から貰った大切なものが…。―――――俺自身…?



じわじわと心の中が熱くなる。じんじん痛みを伴いながら、静かに小さく俺は泣いた。どうしようもないこの不安が消える訳でもない、分かっていても止められなかった。…もう渇れてしまったと思っていたのに。




じいちゃんは俺が泣き止むまで側に居てくれた。そのあと二人で冷めた夕食をとり、他の使用人が仕事を終えて帰るのを見送る。手を振ってくれる皆の優しさが嬉しくて…痛かった。


「坊っちゃん、夜も遅いですが…ちょっと私に付き合っていただけませんか?」


俺の気持ちを察して、じいちゃんは夜の町に俺を連れ出した。真夜中に外に出たことのなかった俺には、いつもの町のはずなのに別の世界に来たような感覚がした。


真っ暗なはずの夜の中、ランプの灯りがそこかしこにあり思った以上に明るく、人々も昼間より笑顔や笑い声が多い。ワイワイと賑わい活気が溢れ、至るところで音楽や歌も聞こえてくる。


「夜は家から出るなって言われてたけど、すごく賑やかだ。何で駄目だったのかな…?」


「確かに楽しいことは多いですが、その分危険なことも多くなるんですよ。だから子供のうちはあまり夜遊びはおすすめ出来ません。今日は特別です。あとは大人になってからのお楽しみです。いいですね?」


じいちゃんは人差し指を立てて内緒だと笑った。俺もつい笑みが溢れる。…笑ったのは何日振りだろう。


手を引かれて明るく賑やかな場所を歩いているが、確かに一歩路地に入ればそこは暗闇が支配しているようだ。何人か座ったり寝ている人がいたが、誰もが目の光を失っているような力のない表情をしていた。


その内の一人と目が合い、慌てて顔を逸らす。なんとなく恐ろしかった。じいちゃんの手を握る力が無意識に強くなった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ