雨の降る夜-3-
あの日…俺は学校へ行きたくなかった。大した理由はない、家にいたい、家から出たくない、何故かそう思ったんだ。いつもなら平然と家を出ているのに、ごねてベッドの中で丸まる俺を皆が心配した。朝食すらとらない俺を見兼ねて、母親が仕事の合間に俺の元にやって来た。
『どうして学校に行かないの?苛められたりしているの?』
『違う。行きたくないだけ。』
『あらあら、困った子ね。またお父様に叱られますよ?』
『行きたくないものは行きたくないんだ。…お願いだから、もう少しここにいて。』
母親に我が儘を言うのは久しぶりだった。忙しい仕事を邪魔したくないし、困らせたくなかったから。なのに、あの日は甘えたくて仕方がなかった。側に居て欲しかった。そっと頭を撫でて欲しかった…。
『まあ、珍しいわね。本当に今日はどうしちゃったのかしら?…でもごめんなさいね、どうしても戻らないといけないの。解ってるでしょう?』
解ってる。解っていた。母に看病されるのを待つ人がいることも、母の手伝いを待つ父がいることも…それなのに。
『…俺のこと、可愛くないの?』
ひねくれた言葉が不意に口から漏れた。自分でも驚くくらい、可愛くない言葉。だけど、母は笑ってくれた。優しいキスを俺の額に落とす。
『可愛くない訳ないじゃない。愛しているわ…大好きよ。』
そう言って彼女は俺の部屋から出て行こうとする。俺は拗ねたように毛布の中に顔を埋めた。
『今日は早めに帰って来るから…あなたの好きなシチューにしましょう。楽しみにしていてね。』
優しい母の声…。俺はふてくされながらも嬉しさを抱き締めて少しの眠りについた。
これが母との最後の会話になるなんて――――思いもしなかったんだ。
その日の夕暮れから夜に変わる時刻、唐突に知らされた…母の死。
約束通り早めに仕事を切り上げて父よりも先に家路を急ぐ途中、荷馬車の馬が暴れて暴走していたところに偶然遭遇し、轢かれそうになった子供を助けようと飛び込んだらしい。子供は助かったが母の身体は蹴り飛ばされ、打ち所が悪くそのまま動かなくなった。
即死だった――――。