雨の降る夜-30-
《…――――ううーん、いい顔だね♪》
頭の中で響く…あの忌々しい声が。
俺は生気のない目をヤツに向けた。
いつの間にか現れたヤツは、父の肩に手を回して寄りかかり、面白そうに俺を見ていた。どうやら本当に父にはヤツの姿が見えないらしい。彼は再び母の元に行って愛おしそうに見つめ始めた。
《どうだい?とっても楽しくて泣ける話だろう?お前の父親はどうやったらお前を笑顔に出来るか考えていた。でもどうしてもお前は振り向いてくれない。―――そして願った。妻が生き返ってくれたら、と。》
父から離れて今度は俺のすぐ目の前にしゃがみ、頬杖をついて笑顔を浮かべた。
《だから俺が言ったんだ。そんなに会いたいのならお前が蘇らせてあげればいいんだ、って♪》
不気味な笑みを浮かべて今度は俺に抱きつくように手を絡める。
《最初は抵抗してたけど…見なよ、今はこの通り♪愛する妻がこんなにも美しく蘇り、愛しい我が子も妻の一部として一緒に暮らせるんだ!家族三人、仲良く、これがコイツの願ったことだよ。どうだい?こんなに素晴らしいことって、他に有り得ないよねぇ?フフ…フヒャヒャヒャヒャ♪》
耳元で言いたい放題のヤツに…俺は何の言葉も返せない。反論する気力もない…。
《何だよぅ、アイザック。もうちょっと反応してもいいんだよぉ?泣けよ、叫べよ、狂えよ、狂って堕ちてしまえ!!アヒャハハハハハ!!》
―――…言ってろよ…。俺はもう…疲れたんだ。いいよ、このまま…父さんに殺されれば良いだけ。それでもし、母さんが蘇るというのなら…それで二人が幸せに暮らせるのなら…。
少しは罪滅ぼしになるのかな―――……?
《ま、蘇るわけないんだけどね。》
「…――――――は?」
俺はヤツと視線を合わせた。目の前にある俺と同じ顔は、ニンマリと笑みを見せた。
《だあって、そうだろう?死んじゃった人間の身体を再生したところで、魂まで戻るわけがない。とっくにこの世から消えて彼方の世界で漂ってるだろうよ。プププッ、まさかお前まで血を入れれば母親が戻ってくるって信じたわけ!?オッカシー!!》
ワナワナと…身体が震える。
騙しているのか…こんなに…父さん、こんなにも狂ってしまったというのに――――…まだ足りないって言うのかよ!?
「…ふざけるなよ…お前は、何処まで俺達を苦しめれば気が済むんだよ!!もう止めろよ、これ以上…!!」
渇れすぎて涙も出ない。胸が引き裂かれてしまったかのように、痛みしか感じない。俺はヤツに訴えるしか出来ない…。
《気が済む…なんて有り得ない。》
俺を見下しながらヤツは不気味に笑う。すると、俺の声に反応した父が近付いてきた。
「…アイザック、何を一人でしゃべっているんだ?――――…いるのか?あの声の主が。」
床にへばりつく体勢の俺を強引に持ち上げ、父は凄い表情と勢いで俺に迫ってくる。
「いるんだな、ここに!!もうすぐ…もうすぐサリーが蘇る。それもこれもあの声の主のおかげだ!!伝えてくれ、感謝していると!!フヒャッ…アハハハハハ!!」
壊れてしまった父は、ヤツに言った。感謝している―――――そんな、止めてくれ…そんなこと言わないで…ヤツはただ楽しんでいるだけなんだよ!!それに…。
「…聞いて、父さん…ヤツは、嘘をついていたんだ。血の記憶なんて意味が無いんだ!!母さんの魂は、戻って来ないんだよ――――っ!?」




