雨の降る夜-20-
「ふは、素直になったもんだな。それ飲んだらちゃんと家まで帰るんだぞ?どうせ親と喧嘩して家出でもしたんだろ?」
…家出…か。そんな単純なことだったら、どんなに良かっただろう。
俯く俺を気にすることなく、男達は笑いながら話を続ける。
「そうだぞー?最近物騒な奴らもこの町に彷徨いてるって言うからなあ。幽霊とか。」
「―――っゲホッゴホッ!!」
予想外の言葉が聞こえて、俺はまた気管に水が入りそうになった。…幽霊?それって、まさか…ヤツでは?
神妙な顔でハアハア息を調える俺を見て、男達は面白そうに話を聞かせる。ひょろい男が笑いながら言う。
「なんだ?もしかして幽霊が怖いのか?やっぱガキだなあー!…なあ、じゃあこんなのは知ってるか?あの噂…。」
…あの噂?ここ二ヶ月ほどあまり出歩いていなかった俺には噂なんて耳にすることはない。だから分からないというように首を傾げた。すると巨漢の方が話に乗った。
「ああ…あの巷で噂の殺し屋の話か?」
――――――…?殺し屋?
初めて聞いた話に俺は目をぱちくりさせて男達を見た。そんな奴がこの町にいるというのか?
「そう、なんでもそいつに頼めば確実に獲物を仕止めてくれるらしい。どんなに偉い奴でも、厳重な警備を掻い潜って…誰も知らないうちに、いつの間にか死体だけが転がってるって話だぜ?」
「うえぇ、おっかねえ話だねえ。幽霊の仕業だって説もあるよな。確か依頼方法も変わってるんじゃなかったか?」
―――――――…幽霊って、ヤツのことではなく殺し屋のことか。少し落胆したが、殺し屋が幽霊って変な話だと思う。その殺し屋は本当に存在するんだろうか?
「そう、それがさ…殺したい相手の名前と、そいつに関する情報を書いて、小切手と一緒に赤い封筒に入れて窓の隙間に挟んでおくだけなんだって。」
赤い…封筒…。なんて簡単で単純な依頼方法だ。子供でも嘘だって分かる。作り話に尾ひれがついた…そんなところだろう?
だがこれだけではなかったらしい。話には続きがあった。
「それでさ、封筒にカモミールの香りをつけておくんだと。…もし封筒が消えてて、依頼が承諾されたときは、窓に青い石が置かれるらしい。」
「カモミールに青い石?にわかに信じがたい話だよなあ…。本当に存在すんのかねえ。名前だって神話に喩えてつけられたあだ名なんだろ?」
…本当に信じられない話だ。そんなので人を殺す依頼が出来るっていうのか?人間の命はそんなに軽いものじゃない。俺が医者の息子だからそう思うのかもしれないが、依頼する奴も、その殺し屋に対してもいい気分はしない。ただ――――――…名前…何て言うんだろう。深い理由があるわけでもない、でも何故か気になった。
「いいじゃねえか、殆ど姿を現さない幽霊みたいなもんなんだし。だけどな、実際に見た奴の話では、本当に長い銀髪だったらしい…。だからこう呼ばれてるんだ。神話に出てくる死者を冥府に誘う案内役、銀色の鴉―――その名をバロッシュ…ってね。」
――――――…バロッシュ。
誰もが聞いたことがある話…死んだあと行く世界の一番偉いところに神様がいて、 その下に天使と悪魔がいてそれぞれがいるところを天国と地獄って呼ぶんだ。俺達人間は死んだあと神様に天国に行くか、地獄に行くかを決めてもらわなければならない。でも死んですぐ行きつくのは、花の咲く川の畔なんだって。そこから神様の元に連れてってくれるのが銀色の鴉…バロッシュだ。




