雨の降る夜-11-
…そういえば、父が笑ったのを見たのは何時が最後だったっけ…?
何でこの状況でそんな考えが浮かぶのか自分でも不思議だった。でも、父の性格が変わったのは…突然だった気がする。
母さんが死んだ日から一ヶ月は普通だった。悲しみを紛らわせる様に働いていたり、一人部屋に籠っては泣いていたことは気付いていた。それでも時々俺を笑わせようとして俺の好きな菓子をお土産で買ってきたり、優しく頭を撫でてくれていた。ちゃんと俺の目を見て話をしてくれていたんだ。
…じゃあ…何時から?
初めて父がメイドに怒鳴り付けたことは鮮明に覚えている。――――そうだ、アヤリに怒っていた。彼女が花瓶に花を生けていた時に、母が好む花がないと叱り付けていた。あまりにも理由が子供染みたものだったので、皆も呆気に取られていたっけ…。
だけど…その前の晩…何かを聞いたような…?
―――――ズキンッ。
何故だろう。思い出そうとすると頭が酷く痛む。さっき叩き付けられた所ではなく、奥の方からズキズキと響くような痛みが走るのだ。
「…っな…んで――…―っつう…!?」
苦悶の表情を浮かべる俺に気付き、男は不審な目で俺を見ている。
「な、何だよ…今更痛がったって逃がしはしないぜ!?」
そんな言葉も頭に入って来ないぐらい、痛みは激しさを増していく。脳ミソを直接金槌で潰されていくような、大きな鐘の中に入って至るところから撞かれているような。
何だこれっ…!?まるで思い出すなって頭が叫んでいるみたいで――――!?
あまりの痛みに頭だけでなく身体までも影響が出てきた。胃酸が逆流して食道を焼きながら胃の中に入っていた物を吐き出す。それはべちゃべちゃと音を立てて地面に落ちた。
「うおっ!?な、何すんだ!?おい!?」
嘔吐し出したことで俺の様子が異様だと漸く疑いを解き、男が胸元から手を放す。解放されて膝で立っていたが。それでも気持ち悪くて仕方がない…胃にあったものを全て吐き出すように俺は呼吸を乱してその場に崩れる。頭の上や背中から冷や汗が流れる感触だけ妙にハッキリと分かった。
男がどうしようもなく立ち尽くし俺を上から見ている。どんよりとした目でそれを横目で見たあと、吐き出した物の臭いに表情が更に歪む。離れたいけど…身体が動かない。
――…あ、じいちゃんが折角食べさせてくれたのに…チェリーパイ、全部吐いちゃったな…。
人間とは分からないもので、辛い時に限って余計なことを考えてしまうらしい。ふとそんなことを思い出して申し訳なく感じた…―――――その時だ。
頭の中に閃光が走る。
走馬灯というものだろうか?記憶がぐるぐると遡り、まるで映画のフィルムのように場面が次々に巻き戻されていく光景が浮かんだ。
ふわふわと宙に浮いたような気分で…俺はそれを見ている…。
――――…と、ある場面でカシャッとフィルムが止まり、ゆっくりと再生されていく…。




