雨の降る夜-10-
疑問が浮かび、音も立てずに消えていく。頭が上手く働かないのもあるが、俺には父の行動の理由が解らなかったからだ。
…だけど、このまま俺は何もしなくていいのか?
目の前で座り頭を掻き毟り泣いている男は必死に戦っている。いなくなった人を探す為に全てを棄てて、誇りも棄てて、こんな馬鹿げた犯罪を犯そうとしている。
それはアヤリを心から愛していたから…。ただそれだけなんだ。他に理由なんて要らない。
じゃあ、俺は?
俺のせいで母さんは死んだ――――その事実は変えられない。分かっている…でも…そのあと俺は何かをしただろうか?
ただ泣き叫び、自分の罪を他人にぶちまけ、何をするわけでもなくのうのうと生きている。父が俺の罪を許し、生きようと言ってくれたのに…そんな父を独りにしたのは…俺だろう?
――――瞬間、胸の奥が熱くなる。先程とは違う苦しさではち切れそうだ。そう、父があんな風になったのも…俺のせいではないだろうか?
母が亡くなって最初から変わってしまった訳ではない。俺の為にがむしゃらに働いていたのを俺は知っている。知っていたのに…俺はそんな父を見ているだけだった。仕事が遅くなっても、必ず俺が寝ている部屋まで来ておやすみと言ってくれていた。出来るときは一緒に食事をしようと誘ってくれた。母さんの月命日に悲しいのを抑えて優しく微笑んで墓参りに行こうと言ってくれた――――…。
それなのに、そんな父に俺はひとつも応えようとはしなかった。
父も戦っていたのに…この男とは別の方法で…――――それは俺がいたから。母さんを失った分、俺を愛そうとしてくれたんだ。今更気が付くなんて…。
…だけど、もう遅い。変わってしまった。何が父をそうさせたのかは分からない。でも…もう彼は俺の話すら聞いてはくれない。愛してくれたのに、無下にしてしまった俺。そんな俺に失望して――――…。
「…は…はは…。」
俺が小さく笑い出したのを聞いて男が顔を上げる。
「…何笑ってやがる…。」
明らかに怒りが隠っている視線を感じながら、俺は笑っていた。
「ははは…あは、はは――――…なんだ…全部…俺のせいじゃないか…。」
「っ…どういうことだよ。」
俺の言葉を聞いて男が再び胸ぐらを掴んで寝ていた体を起こした。だらんと力の抜けた腕がぶらぶらと宙をさ迷う。
「…母さんが死んだのも…父さんが変になったのも…全部、全部…だから…アヤリのこともきっと…。」
光を失った瞳のまま俺は言葉を紡ぐ。力のない体から出るのは虚しさの涙だけ。
「―――そんなことを聞きたいんじゃないんだよ!!俺はっ…!!」
ガクガクと俺の体を揺らしながら男が声を上げる。
知ってるよ…でも、本当のことなんだ。俺さえ居なければ…こんなことにはならなかった。




