1,ビーズで小悪魔召還
小さな小さな輪状になった色取り取りのプラスチック――ビーズに、眉毛用の細い毛抜きを使ってテグスを通していく。
今作っているのはテグスを2本使って、テグスとテグスの間に綺麗なプラスチック製のとんぼ玉を挟んでゴージャスさを演出したデザインのブレスレットだ。
2本のテグスを端でつぶし玉で止めてダルマチップで閉じれば完成。
もうちょっと……。3日かけた大作だ。慎重に最後までやり遂げたい。
「ふぅ……」
一旦、集中力を養うために息を吐く。
少しずつ練習して作ってきたビーズアクセサリー達。今作っているのはその中でも大作に位置する物だ。
友達と一緒に始めたビーズ遊びだったけど、今でも続けているのはあたしくらいなものだ。
他のみんなはもっと手軽に楽しめることに興味を惹かれていってしまった。
でもあたしが作ったアクセサリー達を見せると目を輝かせるのはちょっと優越感だ。誰にも見せることのない趣味だったら、きっと続かなかっただろう。
この大作が出来たら……みんなの驚く顔が楽しみだ。
「よし! 一気に終わらせちゃうか!」
意気込み新たに作業に戻ろうとした時だった。
机の端になぜか追いやられていたビーズの入った箱を、肘で引っ掛けてしまった。
なぜあんなところに? そんなことを思う暇もなく散らばる鮮やかな小粒達。
すぐに拾おうと手を伸ばした時にテーブルにぶつかった体がよろめく。
あぶなっ。
散らばったビーズが何かを描いていた。
あたしが咄嗟に手をついたのは、そんな何かが描かれたビーズ達の中央にぽっかりと空いた空白地帯。
もっと高い位置から俯瞰することが出来たならきっとあたしは気づけた。これが漫画や小説に出てくるようなアレに似た形をしていたことに。
空白地帯に手を着いてバランスを保つことに成功したものの、あたしは目の前が真っ白になるほどの激しい光の奔流に晒された。
一体何が起こっているのかまったくわからない。でも真っ白になるほどの光なのに、不思議と目が痛くなるようなことはない。
光が収まるまで困惑と驚きで身動き一つできない。
着いた手はまるで縫いつけられたかのように、絨毯の上に張り付き離す事ができない。
『仮契約は完了なの。あなたがボクのマスターなの?』
頭に響いた声。
まるで幼い子供のような愛らしい声だったけど、突然響いた声にびっくりして声もでない。
『……? ボクの声聞こえてる? ねぇお姉さん、あなたがボクのマスターなの?』
再度声が頭の中に響く。
彼……いや、彼女だろうか。ボクという一人称にしては声が、女の子の声だ。
幼い子供のような声でも、男の子の声と女の子の声の違いくらいはわかる。もしかしたら、女の子みたいな声の男の子という可能性もあるけど、別にどっちでもいいことだ。
困惑と驚愕が少しずつ波が引いて行くように薄れていく。
「だ、誰なの?」
『ボクはれもんなの。小悪魔のれもんなの。
お姉さんが今その魔方陣で契約した悪魔なの』
「あ、悪魔? 魔方陣……?」
『そうなの。それで、あなたがボクのマスターなの?』
「え、えっと。そんなこと突然言われても困るよ。
確かに魔方陣のような形にビーズが落ちちゃってるけど……」
そう、よく見ると確かにこぼれて落ちたビーズ達は魔方陣のような形を取っている。といってもところどころ歪に歪んでいる。
だから、悪魔ではなく小悪魔の召還なんだろうか。
『そんなこと言われても、ボクも困っちゃうの。早く契約してくれないとボクの体を何時まで経っても形作れないの。だから、答えてなの』
切迫した緊張感を伴っている声なのに、可愛らしいその声音と喋り方で色々と台無しだ。
体を形作れないとどうなるんだろう。
「ま、待って。あなたは悪魔なんでしょう? あなたと契約なんてしちゃったら、あたしの魂とか取られちゃわない?」
『ボクはそんなひどいことはしないの。ボクはお姉さんが喜んでくれることを魂の代わりにしてあげるの。とってもいい子なの』
「喜んでくれること……?」
『そうなの。とっても喜んでもらえるの。だから安心してボクのマスターになってほしいの』
「わ、わかった。どうすればいいの?」
『簡単なの。ボクの質問に答えてくれればいいの。
あなたは……ボクのマスターなの?』
「え、えっと。はい、マスターです……これでいい?」
『本契約完了なの。顕現開始、なの』
また視界を塗りつぶす光の奔流に晒される。
でも今度の光は真っ黒だった。全てを覆い尽くす様な影のような光。
これが悪魔の契約……?
塗りつぶされる世界で、驚愕で占められた脳で、あたしはそれだけを思考することができた。
真っ黒い光が収束し、景色があたしの世界へと戻ってくる。
お気に入りのウサギのぬいぐるみの置いてあるベッド。
きちんと整理整頓された勉強机。
たくさんのビーズの入った箱が置かれて、作りかけの大作のブレスレットがそのままの丸テーブル。
フローリングに敷かれた絨毯は安物だけど柔らかい。
あたしのお尻の下にあるクッションはウサギさんの可愛い絵柄でお気に入りだ。
そんな変わらないはずのあたしの部屋に、ソレは居た。
しかもあたしの胸に顔を埋めて。
「改めて初めましてなの。ボクは小悪魔のれもん。よろしくなの!」
もぞもぞとあたしの胸から顔を動かし、こちらを上目遣いに見ながらその子――れもんは可愛らしい声と可愛らしい顔で言った。
エロって難しい。