麗しき変態の君
とんでもない変態だと思っていたのに、書いてみたら案外変態じゃありませんでした。
私の中のアポロン、もっと変態だと思ってた。意外すぎて( д ) ゜ ゜
白亜の神殿のひとつ。
美しく整えられたそこで一人、美丈夫が物憂げに琴を爪弾いていた。細い指が動く度に、繊細な音色が静かに響く。
おもむろに手を止めた彼は、切ない吐息をもらした。
「ユカリ……」
あのたおやかな手足。折れそうなほどに細い首。珍しい黒髪と黒い瞳は、いつ見てもしっとりと潤っている。
惜しむらくは、彼の友人と同居していることか。
ユカリに近づこうとする彼をことごとく返り討ちにし、もう来んなの一言と共に追い払われる。友人でなければうっかり殺していたかもしれない。
ユカリもユカリであの男に頼り切っている素振りを見せるし、腹立たしいことこの上なかった。頼るならこちらを頼れ。
びしりと鈍い音がして、琴を爪弾く指が止まる。
切れてしまった弦を苛立たしい気持ちで見やり、小さく傷を負った指を持ち上げながら、ふとユカリの目の前だったらどうなっただろうと考えた。
彼女は争い事に慣れていないようだった。白くすべらかなあの指は、籠に囲われて大切に育てられた証だろう。慌てて手当の道具を持ってくることが目に見えている。
その指先をとらえて、口の中で存分に味わってみたい。蜜のように甘い味がするだろうか。いや、もっとほのかな甘さだろう。
ああ、彼女の艶を含んだ小さな声まで聞こえてきそうだ。
指の間も丁寧に愛撫して、手のひらには口付け。脈打つ手首は甘噛みをしよう。柔らかな腕をゆっくりとたどっていって――。
「妄想もその辺りにしろ。だだ漏れだ」
「痛いっ!誰だ、無礼者!」
楽しい想像は痛みと衝撃を道連れに、唐突に遮られた。
すぱこーんといい音をたてた頭を押さえながら犯人を睨みつけ――一転顔を輝かせる。
「ヘルメス!」
「アルテミスを始め、女神達からの苦情が殺到しているぞ。いい加減自重しろ」
「ユカリの魅力をわかってくれるのはお前だけだ、我が親友よ!」
「話を聞け」
もう一度頭に衝撃が走るが、理解者を得た今の彼には些末な問題だった。いかにユカリが愛しい存在か、聞いてくれるのはこの親友しかいない。
けして彼女の魅力を否定しない親友に、幾度惚れるなと釘を刺しただろうか。
幸い、賢い親友は一度もユカリに会いには行っていないようだ。ユカリから彼以外の男神の話題が出たことはない。
代わりに彼の話題も滅多に出ないが。
「ユカリは恥ずかしがりでな、私の顔を見るだけで目を潤ませるのだ」
「単純に嫌がっているだけじゃないのか」
「あの表情を見るだけで、むしゃぶりつきたくなるのを我慢するのに必死になる」
「お前の思考回路がつくづく理解不能だ。が、好いた女を前にして我慢するとは珍しい」
「うるさい!アキレウスが邪魔をするんだ、くそ、あの優男め」
何故か生温い視線の親友に愚痴をこぼすと、今の状況を保っておけと助言された。どうやら、恥ずかしがりの彼女には、このくらいの距離がちょうどいいらしい。
本音を言えば、一時も彼女を手放したくはない。
細い腰を絡め取り、艶やかな髪の香りを楽しんだ後に、じっくりねっとりと可愛がりたかった。
手の中に閉じこめて、どろどろに溶けるまで味わい尽くして、彼一人しか見えなくなるように。
「ああ……ユカリが足りない。ユカリがほしい。ユカリを食べたい」
「変態発言は私のいないところでしてくれ。私まで同類に見られかねん」
「うるさい。文句があるならユカリを攫ってこい」
「断る」
親友ながら冷たい男だ。
よし、そろそろユカリが寂しがる頃合いか。ヘルメスは放っておいて、彼女に会いに行こう。きっとあの甘い声で出迎えてくれるだろう。
アキレウスが邪魔をしたら殺す。今度こそ殺す。
毎回返り討ちに遭っている事実は闇に葬っておいた。
「よし!今日こそはユカリをこの手に!」
「行くな馬鹿者!昨日追い返されたばかりだろうが!!」
「ユカリが恋しがっているだろうが!」
「自重しろ!」
言い合っている間に、予言を詠む時間になってしまった。その後も執務が詰まっている。今日はもう会いに行けそうにない。
「ユカリー!!」
「うるさい、さっさと神殿に行け」
背中を蹴飛ばした親友は、今日も容赦なかった。