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Αの女神とΩの娘  作者: 真咲 楓
本編
36/38

36 選択できる幸せ

「ユカリ。さあ、帰りましょう」



 また一緒に、あの夢のように穏やかな日々へ。


 アテナが手を差し伸べる。

 嬉々としてその手をとろうとして、けれどあと数ミリのところでユカリの手は止まってしまった。


 ――アキレウス。


 ここでアテナについていけば、きっともう二度と会えない。会えるとしても、それはほんの僅かな確率になってしまう。

 彼女の戸惑いを見透かしたのか、アキレウスが笑う。大丈夫だと、安心させるように。



「行けよ、ユカリ。あんなに慕ってたアテナだぞ?」

「アキレウス……」



 いつもと同じような笑顔を見て、二人の生活を思い出す。色々なことがあったけれど、彼との生活もまた、穏やかで楽しかった。


 惜しんでいるのはユカリだけなのだろうか。アキレウスは、ユカリのことを何とも思っていないのだろうか。

 ――この気持ちは、一方通行なんだろうか。



「……ユカリ」



 アテナの柔らかな声。



「今ならばどこにいようと、私達はすぐに会えます。呼び寄せることも可能なら、私がそちらに赴くこともできるでしょう。――あなたは一体、何を迷っているのですか?」



 そう。

 言葉にしないと通じないものがある。

 いくら態度で示しても、口に出して言わなければいけないことがある。


 アテナに生涯を捧げようというあの時の思いは、けして消えてはいない。仲良くしてくれたニンフ達の顔も、仕草も、表情も。全て鮮明に思い出せる。

 アテナと共に戻れば、あの優しくて穏やかな日々が戻ってくるのだろう。


 けれどそこに、アキレウスはいない。


 適当なベッドメイクを直したり、二人分の料理を作ってはたまに失敗したり、石鹸の匂いを胸一杯に吸い込みながら洗濯物を干したり。そういった「日常」はもう手に入らない。

 処女神たるアテナの加護の元にいる限り、男である彼との接触はとても難しくなる。


 女であるユカリは簡単に赴くことができるが、アキレウスは彼の女神の領域に入ることすらほぼ不可能だ。処女神の結界が、彼を阻む。


 アテナか、アキレウスか。どちらか一方を選ばなければならない。

 ならば、自分は。


「アキ、レウス」



 ああ、声が震える。



「私、私ね、あの、わたし……」



 頑張れと、自分で自分にエールを送る。



「私、アキレウスが好き。男は嫌い、でもアキレウスは好き!」



 目を瞑って、ユカリは一気に言い切った。

 恥ずかしさに身体が熱くなる。強ばってしまった身体はどうにもできなくて、ますます恥ずかしさに拍車がかかった。

 これで「何言ってんだ?」と笑われたらどうしよう。アキレウスが応えてくれなかったらどうしよう。

 嫌な想像しかできず、じわりと涙がにじみ始めた頃、彼女のすぐ近くでため息が聞こえた。



「……ったく、お前は」



 ふわりと、優しく包まれる感覚。

 おそるおそる目を開けたユカリに、アキレウスが困ったような苦笑を向ける。



「言っただろ? お前は俺が守るって」



 この馬鹿が、と額をこづかれ、じわりじわりとその意味を理解し。



「…………!」



 ぎゅうと抱きついた。

 ユカリの細い身体に、温かい腕が回る。

 アキレウスの胸に顔を埋めた状態のままで、ユカリは意を決して口を開いた。



「アテナ様、大好きです」

「私も大好きよ、ユカリ」



 アキレウスの服が濡れる。それでも、彼は黙ってユカリの頭をなでていた。



「でも、アキレウスが大事なんです」

「ええ」



 アテナの声も湿っている。誰かが鼻をすする音が、小さく聞こえた。

 最後の未練を振り払って、彼女は別れの言葉を口にする。



「だから、私。アキレウスと一緒に行きます」



 大切な人と、やっと巡り会えたから。

 弱かった自分と、今度こそ決別できたから。



「アキレウス、ユカリを頼みますよ。泣かせたら承知しませんからね」

「いや、泣かせないでずっと過ごせるかどうかは微妙なんだが……まあ、守るって決めたからな。任せとけ」



 彼らしい言葉を返して笑ったアキレウスが、ユカリの頭のてっぺんにキスを落とす。それを嫌と感じないユカリは、少なくともアキレウス限定で、男性恐怖症は治ったようだ。

 ぎゅうと抱きつきながら、ようやくユカリの口から小さく笑いがもれた。

これにて終幕となります。機会があったら、番外編で小話をちょこちょこ書いていきたい……(白目)(あくまで願望)

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