33 自覚
『おのれ――おのれ! 再び我らを裏切るか、プロメテウス!! 今再び、我が覇権を阻むか!』
「別に私は、神々の覇王が誰でも構わないんだけど。あなたの凶暴性には共感できない」
額に脂汗をにじませながら、それでも飄々と言い放つプロメテウス。彼の掲げた手から、光の膜が生まれていた。
「そして、ゼウスの好色さにも共感できない。――さて、ユカリ。最後の選択肢だ」
光の膜は優しくユカリ達を包みこみ、クロノスの攻撃から守ってくれている。
「アキレウスを助けたいか?」
「当然でしょ!」
即答。
一瞬の迷いもない、まっすぐなユカリの声。
「それによって、今までの君自身の全てを捨てることになっても?」
「…………」
今度は、即答できなかった。
彼の言いたいことはユカリにも痛いほど理解できる。自分の変化に敏感なのは、誰よりも自分自身だ。
人の器に、神の魂。
その状態のユカリに、人であることを捨てろと言っているのだ。
育ててくれた両親。何だかんだ言って優しかった姉。ふざけあった友達。秘密を共有し合った親友。
その全てを、なかったことにできるのかと。
「今ならばまだ、引き返せる。不安定なその状態でも、所詮は人の器。いつかは滅びる定めにある。魂が輪廻に入れば、あるいは君が元いた場所に、再び生まれ落ちることができるかもしれない」
けれど。
「神になってしまったら、可能性を全て捨てることになるよ。それでも君は、アキレウスを助けたいかい?」
――アテナ達との生活は、ユカリに平穏と幸せをもたらしてくれた。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
……どこへ?
不意に浮かんだ疑問に、ユカリは答えを持たないことに気づいた。その事実に愕然とする。
何故すらりと、答えが出せないのか。誰が、何が原因なのか。
大きく目を見開いて固まったユカリに、プロメテウスがささやくように告げる。
「君は癒しの神。アキレウスに君の血を与えればいい。――そうすれば、彼は助かるよ」
「やめ、ろ。ユカリ」
即座にアキレウスが反応した。弱々しく彼女の腕に手をかける。
簡単に振り払えるほどのその感覚に、ユカリが唇を噛みしめる力が強くなった。
鉄の味が口の中に広がる。
咆哮が空間を震わせる。プロメテウスの顔が苦しげに歪んだ。
「……所詮、一柱としての私の力は及ばぬ、か」
自嘲するように一人ごちたプロメテウスの視線が、ひたりとユカリをとらえる。
「君の力は強い。だからこそ、クロノスも君に執着する。――ぐっ!!」
光の膜が揺らいだ。クロノスの腕が、じわりじわりと浸食してくる。
――プロメテウスの守りが、壊れようとしている。
「逃げ……ろ」
「決断を、ユカリ」
アキレウス。
右も左もわからない、やっかいな事情持ちのユカリを、めんどくさがりながらも匿ってくれた唯一の存在。
本当は嫌だったろうに、女装をして彼女の心の負担を軽くしてくれた。
危険な旅にも、自らを省みず付き合ってくれた。
プロメテウスを助ける時は、凶暴なハゲタカを一人で引き受けてくれた。
――男は誰一人信用できないこの世界で、アキレウスだけは安心して接することができた。
「アキレウス……」
やっと気づいた。
私、あなたのことが好き。守られるだけは嫌、助けたい。
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後4~5話で終幕となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。