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Αの女神とΩの娘  作者: 真咲 楓
本編
30/38

30 臆病者の自嘲

 薄暗い空間の中、時折不気味な咆哮が響く。


 先を行くプロメテウスは迷いない足取りで進んでいく。

 足下にあるのは道だろうか、それともおぞましい何かだろうか。


 足の裏から伝わる感触は、岩でも地面でも、草でもない。

 目覚める前のユカリならば、恐怖に恐れおののいたことだろう。肝が据わった今でもなお、恐怖の名残は凝っていた。


 炎が照らし出した壁は、漆黒の岩肌。そこからところどころ突きだしている白い尖ったものは――考えたくもない。

 かぶりを振ったユカリは、プロメテウスの手から生まれた炎を見やった。



「……ねえ、ユカリ」



 不意にプロメテウスが口を開く。



「君は本当に、クロノスに会いたいのかい?」



 ――それは、どういう意味だろう。

 彼は一貫して、ユカリがクロノスに会うことに対して難色を示していた。その態度は、一体何を表しているのだろうか。

 彼女のうなずきを、彼は後ろを見ることなしに感じ取ったようだった。



「何があったとしても? 見たくないものを、知りたくないことを、無理矢理暴かれたとしても?」



 相も変わらず不吉なことばかり言う。けれどその陰には、微かにユカリの身を案じる気配が見え隠れしていて。

 次のうなずきには、しばらく時間が必要だった。


 道標はただ一つ、プロメテウスが掲げた手にある炎だけ。

 ぼんやりと浮かぶ明かりの中で、交わす言葉は少なかった。


 あの炎を神の世界から盗み、人間に与えた罪で、彼はあの罰を受けていたのだという。そして、それをヘラクレスに助けられたのだと。

 その炎を扱うことに、彼は恐怖を感じないのだろうか。

 あんなトラウマになりそうな罰を受けた大元なのに、どうしてそれをたやすく扱えるのだろう。



「ユカリ、君は今、こう思っている。私は炎が怖くないのかと」



 唐突に放たれた言葉に、身体が強ばった。まさか読心術かと身構えた彼女に、プロメテウスは小さく笑う。



「恐れてはいないよ。炎以外にも、色々なものを盗んだからね。神だけが全てを独占する、そんなことはおかしいと思わないかい?」



 全ての文明を神が独占し、人間は何一つ与えられることなく過ごしていく。そんな理不尽な時代が、ここにはあったのだ。

 プロメテウスはきっと、それが許せなかったのだろう。神々ばかりが楽をする現実に、たった一人で刃向かったのだ。

 その先に、どんなに過酷な罰が待っているかがわかっていても。


 たった一人で全ての神々に立ち向かったプロメテウスと、英雄と賞賛されるにふさわしい勇気を持った、危険を承知でついてきてくれているアキレウス。そして、ヘラから逃げ続けているユカリ。


 二人と自分の、なんと正反対なことだろう。

 思わず自嘲がこぼれた。



「ユカリ?」



 どうしたと、アキレウスがこちらを覗きこむ。それにゆるくかぶりを振って、力の限りに拳を握りしめた。

 今度こそ、このクロノスとの対面が終わったら。一人でヘラのところに乗りこんで、ゼウスをしばき倒しつつ誤解を解こう。



「もうすぐ、クロノスの居場所に着く。ユカリ、覚悟はいいかい?」



 不吉なことばかり言っていたプロメテウス。


 取引が終わった今、クロノスはどうやってヘラの呪いから解放してくれるのだろうか。

 今まで考えもしなかったことが頭をよぎって、すうと血の気が引いた。


 クロノスは本当に(・・・)、しゃべれるようにしてくれるのか。

 思い返せばかの神は「ヘラの呪いから解き放つ」と言っただけで、具体的な方法は何一つ示してくれなかった。ユカリの早合点だと言われてしまえば、その通りだとしか返せない。


 ぐるぐると、嫌な予感が頭を巡る。唇を噛みしめたユカリに、プロメテウスが短く告げた。



「着いた。……開けるよ」

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