23 密かな助け
それから何日も、アキレウスは英雄仲間にあれこれ聞き回りながら奔走しているようだ。毎朝早くに宿を出ていっては、日付が変わる頃に疲れた顔で戻ってくる。
対するユカリはといえば、町中で道行く人に訊く事ぐらいしかできることがない。
「プロメテウスがどこにいるか、知りませんか」と書いた紙を差し出しても、色よい返事は一向に返ってこなかった。
それどころか、物乞いと間違われて追い立てられることもあったぐらいだ。
ユカリ自身の問題なのに、手がかりをつかむどころか足を引っ張ってばかりいる。
そんな自分に、失望がわき出てきた。
話せないというハンデがあったとしても、もっと他のことはできないのだろうか。
ヘラに見つかることを覚悟で、どこかの神殿に行ってみようと訪ねてみたが、敷地の一歩手前で必ず足がすくんでしまう。
もう一度あの苛烈な眼にさらされたら、骨まで残さず燃えて消えてしまうのではないか。
その恐怖心が、彼女の足に根を張らせた。
神殿から踏を返して宿に戻る道すがら、めげずに何度もプロメテウスについて訊いてみた。もちろん、全員女性に。
「プロメテウス? ああ、なんか名前は聞いたことがあるけどねえ。昔の神でしょう? そんなこと訊いてどうするのよ」
「え? あの神、まだオリュンポスにいらしたの? 嫌ぁねえ、ティターン族がいるなんて」
「確か、ヘラクレスが助けたって話を聞いたけど……あなた、そんなこと訊いてどうするの?」
けれど、誰に訊いてもそんな反応ばかり。ユカリはため息をこらえきれなかった。
ティターン族は、今のオリュンポスの神々が支配する前に、この世界を支配していた神々。
ゼウスの父神、つまりクロノスも、このティターン族だ。
そして、プロメテウスを助けたと言われたヘラクレスならば、神話に疎いユカリでも知っていた。
某有名アニメ映画になっている事に加え、神殿へ忍んでいった際に会っている。助けてくれたのかセクハラされたのか分からない、怪力の英雄だ。
その英雄に助けられるほどの事をしでかしたとは……一体何をしたんだ、プロメテウス。
今日もめぼしい収穫はないと見極め、ユカリは宿への道をたどる。沈んでいく気持ちを抑えられずにとぼとぼと歩いていると、不意に老婆がよろけてぶつかってきた。
(うわっ!?)
慌てて支えようとしたその瞬間、彼女の手にかさりと乾いた感触。
――羊皮紙?
「そのまま。宿でご覧下さい」
外見とは全く違う、若々しい声。ささやかれた言葉に反射的にうなずいて、小さな羊皮紙の欠片を固く握りこんだ。
何が書かれているのか、全くわからない。
けれど、こうして人目を憚るように渡されたということは、ヘラに見つかってはまずいものの可能性が高い。
やっと見つけた手がかりの欠片に、ユカリの心は浮き立った。誰よりも、アキレウスに伝えたかった。この時間ならば宿に戻っているはずと、人目を気にせず走り出す。
分厚い木の扉を開けて、賑やかになってきた酒場を通り抜けて、きしむ階段を上って。
入り口とは正反対の、薄っぺらい部屋の扉を勢いよく開けると、くたびれた様子で椅子に座り込んでいたアキレウスが、驚いたように目を見開いた。
「ちょ、待て、まだ化粧してな――」
(アキレウス!)
慌てて立ち上がった彼の胸に飛び込み、ユカリは喜色満面で羊皮紙を突き出す。くしゃりと丸まった羊皮紙を受け取りつつも、アキレウスは彼女をしっかりと抱きとめた。
「ユカリ!? どうした、そんなに急いで」
赤くなったり戸惑ったりと忙しかった彼だったが、苦労しながら開いたその中身を読むにつれ、表情が険しくなっていった。
『どうしたの? 何が書いてあるの?』
「……『今日の深夜二時、街の外れの岩場にある洞窟で。プロメテウスの居場所を教えます』」
読み上げてくれるアキレウスの表情は、依然固い。
罠かどうかを疑っているのだろう
。それぐらいの事は、ユカリにもわかった。
沈黙が部屋を満たす。どれくらい経っただろうか、アキレウスが何かに気づいたように目を見開いた。
「ユカリ。これは、ヘファイストスからだ」
きょとり、と首を傾げたユカリに見えるよう、アキレウスは羊皮紙を彼女の視界まで下げてみせる。
「ここを見ろ」
示されたのは、羊皮紙の片隅に書かれた小さな模様。
乾ききっていなかったのか、一度ぐしゃぐしゃになったこの状態では、何が書かれているのか判別できなかった。
だが、アキレウスは自信に満ちた声で断言する。
「ヘファイストスのサインだ。かなり滲んじまってるけど、この特徴的な形は間違いない」
小さな小さなそのサインは、アキレウスの警戒を解くに充分だったらしい。ちらりと時計を見た彼は、ユカリに向けてベッドを指し示した。
「時間になったら起こす。それまでお前は寝ておけよ」
わかった、とうなずいたユカリは、けれどアキレウスはどうするつもりなのかと首を傾げる。
まさか、ずっと起きているつもりだろうか。
そんな思いが顔に出ていたのか、苦笑したアキレウスがユカリの頭をなでた。
何故かその手が心地良いと思えて、彼女の頬が自然とゆるむ。
「仮眠はとる。心配すんな」
いいから寝ろよ、と念を押されて、その言葉に押されるようにベッドに潜りこむ。
疲れのせいか、眠りはすぐに訪れた。