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Αの女神とΩの娘  作者: 真咲 楓
本編
21/38

21 望まない再会

「――っ!!」



 反射的に飛び退こうとして、けれどもう遅かった。

 たくましい腕にしっかりと腰をつかまれて、逃げるにも逃げられない。恐怖で、ユカリの全身から血の気が引いていくのがわかった。


 背後から襲いかかられて、しっかりと抱きしめられて。これ以上の恐怖があるだろうか。



「ユカリ……会いたかった」



 情熱的な吐息が、耳元をかすめる。それだけで背筋にぞわりと寒気が走った。さらに片手が、彼女の背中や脚を這い回る。


 とっさに思い浮かんだのは、男女の営み。

 あの忌まわしい、おぞましい行為。


 目の前が真っ暗になってきた。息がうまくできない。

 それでも必死に腕を振り回したが、ユカリのそんな抵抗を、あるアポロンは笑いながら軽々と避けてしまった。



「はははは! 恥ずかしがり屋だな、ユカリは。そんなに照れなくとも、ここには私達以外誰も来ないぞ?」



 違う、そうじゃない!

 どんな勘違いなんだ――?


 心の中だけでそう罵倒したところで、ユカリは微かな引っかかりを覚えて首を傾げた。

 今アポロンは、「誰も来ない」と言った。

 ならばこれは、最初から仕組まれていたものなのか。この倉庫、この時間、この役目。全てがそれを裏付けている。


 がつん、と頭を殴られたような気がした。


 この楼閣で働き始めて数ヶ月、いい思いなど一度もしていない。けれどまさか、ここまで酷い扱いをされるとは思っていなかった。何度も何度も男が駄目なんだと説明して、お願いだから裏の仕事だけさせてくれと頼みこんで。

 嫌な顔はされたけど、確かに約束してくれたのに。



「ああ、この芳しい香り……ユカリ、ユカリ、ユカリ」



 首筋に顔をうずめられた。息づかいが耳元ではっきりと聞こえて、気が遠くなってくる。

 本格的に呼吸ができなくなってきた。

 薄れる意識の中で、ユカリは必死に助けを求める。


 誰か、誰か助けて。アテナ様、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、アフロディーテ様、――アキレウス!!



「ユカリ!! ここか!?」



 突如激しい音と共に扉が開き、彼女の耳に慣れた(けれどこちらは安心できる)声が響いた。

 視界に色が戻ってくる。

 呼吸ができるようになってくる。

 力を振り絞って視線を向けたユカリの目に、無意識に一番強く助けを求めていた相手が映った。


 肩で息をしているアキレウス。

 服は大きく乱れて、ところどころほつれていた。

 誰かにつかまれたのか、くっきりと皺が残っている部分もある。



「アポロン、そいつから離れろ!」

「人の恋路を邪魔するか、アキレウス!」

「そいつの状態を見えから言え!!」



 アキレウスの拳が、アポロンの頬にめりこむ。同時に強く肩をつかまれて、一瞬で引き離された。


 まだ整わない息を必死で静めているユカリの前で、二人の壮絶な殴り合いが始まった。

 調度品や備品が次々と派手に壊れて、その度に大きな音がする。



「いい加減にしろ! こいつにつきまとうな!」

「何を!? 嫉妬か、そうかアキレウス!」

「ああもう、お前と話すのめんどくせえ!」



 殴り合っている割には、会話の内容がいつも通りなのは、ユカリの気のせいだろうか。

 けれど最終的には、アキレウスの蹴りがアポロンの鳩尾に直撃して、アポロンは倉庫の中を派手に巻きこみながら吹っ飛んだ。

 口元ににじんだ血をぐいと拳で拭い、肩で息をしたままのアキレウスがユカリの方を見る。



「ユカリ。ここを出るぞ」



 短い言葉に、ユカリはうなずくのをためらった。

 あまりにも突然の内容に、頭がついていかなかった。


 それよりも、何故それほどに怒っているのだろうか。

 ユカリに対して怒っているのではない、それぐらいは彼女にもわかる。

 けれど、他に怒る要素がないと思ったところで、店の対応かと検討がついた。


 絶対に男とは接触させない。

 それは、この楼閣で働くにあたって、無茶とも言える条件だった。

 いい顔をしない店の主人に必死に頼みこんで、ようやく約束をしてもらったというのに、たやすくそれを破られた。



「あいつら、金に目がくらみやがって……! アポロンに逆らえるわけがないって、んなの単なる言い訳だろうが!」



 ちくしょう、とアキレウスが悪態をつく。つかまれた腕が痛い。

 ずんずんと進む彼について(というよりも、歩幅の違うユカリはほとんど引きずられて)歩いていくと、怯えた表情の従業員達が次々に道を空けた。


 少ない荷物をささっとまとめ、アキレウスはユカリを追い立てるようにして店を出ようとする。そこに番頭が立ちはだかった。



「アポロン様はとんでもない上客なんだぞ? それを、指名した娘を出さないようにするなんて……」

「こいつは男に恐怖心を持ってるんだって、あれほど言っただろうが! 娘に無理強いをするのがこの店の方法か! 花街一と謳われた、この楼閣の!」



 アキレウスの一喝が、番頭を直撃した。

 そのあまりの迫力に、思わず被害者のはずのユカリでさえ、アキレウスの陰に隠れる。

 彼の迫力にたじろいだ表情をしていたが、そんな彼女をじろりと睨み、番頭は最後とばかりに噛みついた。



「金はやらんぞ!」

「いらねえよ、んな汚ねえもん。――ユカリ、行くぞ」

「待て! 壊した備品の弁償を……!」

「それこそ、アポロン『様』に払わせろ! 元はと言えばあいつが原因だ!!」



 どこまでも正論を言い放って、アキレウスはユカリの腕をつかんだまま、埃っぽい道を歩き出す。

 夜には賑わう広いそこは、昼間の妙な静けさに包まれていた。

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