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Αの女神とΩの娘  作者: 真咲 楓
本編
14/38

14 実行不可能な試練

『あの……ここ、どなたの神殿でしょうか?』



 おそるおそる彼女が羊皮紙を差し出した時の、巫女の表情といったら。



「恐れ多くも、アポロンのご子息、医療の神アスクレピオスの神殿です。ご用がないならば、早くお引き取りください」



 ご子息。ということは、男神。

 …………駄目だ、完全にアウト。私の苦労が全て水の泡。


 今までの期待が大きかった分、絶望感がユカリの全身を襲う。

 へなへなと座り込みそうな彼女を追い立てるようにして、巫女達に神殿から出されてしまった。


 どうしよう、とユカリは途方に暮れる。

 ここ以外に街の外にある神殿を知らない。街中など、怖くて歩けない。

 それよりもアポロン様、子供いたんだ。ということは、奥さんがいたのか。

 奥さんがいるのに、女好きなんて……やっぱり最低だ、あの方。


 思考回路が変に脱線して、最終的に「アポロン最低」で落ち着いた。

 うん、全てはアポロンが悪い。


 責任転嫁をしているとは彼女自身わかっていても、この絶望をどうしたらいいのかわからなかった。 先程まで朝焼けに思えていた神殿の紅い色が、地獄の釜の色に見える。

 敷地から一歩出た場所、そこにへたりこんでいたユカリの頭上に、不意に大きな影が落ちた。



「ん? どうした、怪我でもしたのか?」



 野太い声。がっしりとした影の形。

 男だとわかっても、もはや動く気力が湧いてこなかった。

 そんなユカリをしげしげと眺め、ふむ、と男はうなずいた。



「足に怪我はしているようだが……大したものではないな。お前、家はどこだ? 名前は?」



 送って行ってやると言われて、ユカリは必死にかぶりを振る。

 気力がないこの状態で、これ以上男と共にいたくはなかった。

 それにユカリには、アキレウスに悟られずに帰るという重大な任務が残っているのだ。


 けれど男はただ笑うばかりで、彼女の必死の訴えを汲み取ってくれなかった。

 仕方なく棒きれを拾い、暗い地面に目をこらしながら文字を綴る。



『大丈夫です。お気持ちだけいただきます。ありがとうございます』

「ん? お前、口がきけないのか」

『はい』

「ふむ……それで、ここに来たというわけか。名は何という?」



 どうやら、喉の病気を治そうとして来たと勘違いされたようだ。それはそれで都合がいいから、ユカリはあえて訂正しようとは思わなかった。

 今にも触れられそうなのを必死に身をよじってかわしつつ、手早く名前を書く。



『ユカリ』

「ユカリか。いい名前……ユカリ? 待てよ、ヘラの呪いを受けたという娘の名も、確かそんな名前だったような――」



 首をひねった男の人に、ぞわりとユカリの肌が泡立った。

 顔から血の気が引いていくのが彼女自身にもわかる。


 どうしよう、ヘラに居場所を知らされたら――!!


 様々な最悪の状況がめまぐるしく脳内を駆け回る。

 しかし、そんなユカリの焦りをよそに、男はにやりと笑った。

 嫌らしく、意地悪く。



「その呪い、『愛している男とのキス』をしないと解けないぞ? 随分と有名な話だから、間違いはないだろう」



 面白半分に、けれどはっきりと断言する男。それがユカリの頭に届くまで、数秒かかった。

 強ばっていた身体から、一気に力が抜けていく。


 無理無理無理、絶対無理。

 何その無理ゲー。

 どんな嫌がらせですか、ヘラ様。ああ、渾身の嫌がらせですね。


 第一、ユカリに好きな異性などできるわけがないのだ。

 それをわかっていてあえて設定するあたりに、ヘラの怒りの深さが垣間見えた。


 アテナの元へ辿り着く道が途絶え、ユカリは泣きたくなるのをこらえながらうつむいた。

 にじむ視界がうとましい。

 うつむいて必死に瞬きをしていると、いきなり太い腕に抱き上げられた。

 反射的に顔を上げたユカリの視界いっぱいに、にやついた顔が迫っている。


 逃げようとした時には、もう遅かった。

 がしりと腰をつかまれ、ユカリの細い身体はあっという間に引き寄せられる。



「どれ、ひとつ試してみるか」

「――!!」



 全身から汗が噴き出す。

 逃げようと全身の力をこめても、男の力強い腕はびくともしなかった。


 これまでも、アキレウスに腕や肩をつかまれたことはあった。

 けれど、ユカリが本気で抵抗すれば、その手は必ず外れたのに。

 こんな時にも彼の思いやりを発見し、ユカリは泣きたくなった。


 抵抗する力が弱まったのをどう思ったのか、男が乱暴にユカリの顎をつかんだ。

 アキレウスの中性的な顔とは正反対の、男であることが強調されたたくましい顔が、ユカリに近づいていく。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!!


 誰に助けを求めたらいいのか、混乱した彼女の頭では答えが導き出せなかった。

 たとえ導き出せたとしても、対象である女神達は手の届くところにいない。


 目の前が真っ暗になったその時。



「ヘラクレス!! そいつから離れろ!!」



 雷のように鋭い声が突き刺さった。男の動きがぴたりと止まる。

 ――とても聞き覚えのある、声だった。

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