表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Αの女神とΩの娘  作者: 真咲 楓
本編
11/38

11 不可思議な邂逅

 暗い冥い、闇。

 自分が本当に存在しているのか、それすらもわからなくなる錯覚に陥る。


 一寸先も見えないほどの闇の中、どうしてこうなったんだろうとユカリは一人首をひねった。

 彼女は確かに、与えられた自室のベッドで、眠ったはずだ。

 しかし、夢にしては、感覚の全てが奇妙に現実味を持ちすぎている。


 ここは一体どこなのだろうか。



『娘よ。名もなき娘』



 思い当たる場所もなくユカリが困っていると、突然空間を震わせる低い声がした。

 轟くようなそれに驚いて、思わず数歩後ずさってしまう。本当に後ずされたかどうかも怪しかったのだが。



「だ……誰?」

『哀れな娘。我が娘』

「いや、こんな不可思議な父親を持った覚えはないんだけど」



 会話にもならない言葉のやりとりのあと、ようやく自分がしゃべれていることに気づく。

 何故かと首を傾げる暇もなく、またあの低い声が響いた。



『哀れな娘よ。お前はもう、二度と元の世界には戻れまい。その魂がある限り』

「は――? ちょっと待ってよ、それってどういう意味?」

『名もなき我が娘よ。なんと哀れなことか』



 低い声は楽しんでいるようだ。くつくつと笑い声が聞こえ、声はどこまでも嫌味たらしい。


 それに苛立ちが募るのを感じながら、見えない床を気持ちだけ足で蹴りつけた。

 かつん、と硬質な音がして、思いがけず響いたその大きさに、ユカリはびくりと身体を震わせる。


 そんな臆病な自分を隠すように、彼女は一段と大きく声を張り上げる。



「どうでもいいから、早く帰して。どうせあなたがここに連れてきたんでしょう? 声も出るようになったし、アテナ様のところに戻らなきゃ」

『声? ――ああ、お前は我が娘に声を奪われていたな。案ずるな、出るようになったのは一時しのぎだ。地上に戻れば、再び元通りに出なくなるだろうて』

「な――」



 何を、言っているのか。

 現にこうして声が出ているというのに、「ここ」を出ればまたしゃべれなくなる?


 冗談じゃない。


 ユカリは、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。



「あなたは誰!? どうして私をここに連れてきたの!?」

『お前の絶望に沈む顔を見たかったからだ、我が愛娘』

「私はあなたの娘なんかじゃない!!」



 噛みつくように反論すると、また低い笑い声が聞こえた。

 聞けば聞くほど苛つくその声に怒鳴ろうとしたその時、ようやく笑いをおさめた声が、不気味に響く。



『我が名はクロノス。どうあがこうと、お前は運命(さだめ)からは逃れられぬ』



 闇は、その言葉と同時に終わった。





                  ********






「ユカリ……おい、ユカリ!」

(……アキレウス?)



 聞き慣れた声に重い瞼を押し上げると、心配そうなアキレウスの顔が飛びこんできた。

 瞬間的に身を強ばらせたユカリを見て、アキレウスが苦笑しながら一歩離れる。


 それに安心しながら、心のどこかが苦しくなった自分に、ユカリは気づかれないように眉根を寄せた。


 辺りを見回せば、既視感のある荒野。

 ユカリは一瞬、時間が巻き戻ったのかと驚いた。即座にそんな馬鹿げた考えは切り捨てたが。



「――――」



 ありがとう、と言ったはずだった。

 しかし、出てきたのはひゅうひゅうという風が抜ける音だけ。


 あの場所でしゃべれたということは、もしかしたら治ったのかもしれない。

 そんな微かな希望にすがって声を出したつもりでも、やはりクロノスの言う通り、ユカリの声はひとかけらも出てくれなかった。



『ありがとう、アキレウス』



 仕方がないので木の枝を取り上げて枯れ果てた地面に書くと、いいってことよと頭を叩く――振りをされた。

 ユカリはこういう風に、自分からは絶対に触れない、彼のその優しさが好きだった。

 彼女から彼に触れたことも、またないのだけれど。



「帰るぞ。……ったく、何だってこんな辺鄙なところまで来たんだよ」

『ここはどこ?』

「お前が倒れてた場所に近い。よくここまで来れたな」



 最初に倒れていた場所。アキレウスとユカリが、出会った場所。

 ここから彼の家までは、かなりの距離があったはずだ。



『クロノスって人に会った。知ってる?』



 クロノス、の綴りが怪しかったが、どうやらアキレウスには充分伝わったようだった

 。その表情がさっと固くなる。



「……クロノスだと?」

『知ってるのね?』

「知ってるも何も……お前、タルタロスに行ったのか?」

『タルタロス?』



 お互い訊き返すような状態になってしまったけれど、ユカリも、そしておそらくアキレウスも、状況がいまいちよくわかっていない。

 二人揃ってしばらく見つめあった後、らちがあかないと思ったのか、アキレウスが小さく息を吐いて説明を始めた。



「タルタロスは、地底の奥深くにある場所だ。ゼウスが自分の父神を幽閉している」

『幽閉……じゃあ、私が会ったのって――』

「そう。タルタロスの罪神、ゼウスの父。クロノスだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ