10 子猫、避難する
このところ、アキレウスの家にアポロンが頻繁にやってくる。
アキレウスの客人だからと精一杯のもてなしをしているものの、ユカリは内心疲れきっていた。
出会い方も第一印象も最悪。
そんな相手がすぐ身近にいることもストレスになっているし、何よりも彼と話している時のアキレウスの雰囲気が嫌でたまらなかった。
ユカリと二人だけの時は、常に中性的なアキレウス。
その彼が、アポロンと話している時は、完全に「男」に見えるのだ。
初めてそれに気づいた時、今までアキレウスがどれだけ気配りをしてくれていたのかを思い知った。それは無意識の行動だったのかもしれないが、今までのアキレウスを普段の状態だと信じていたユカリには、大きな衝撃だった。
だからユカリは、アポロンがいる間、なるべく自室に閉じこもっている。
結局自分は、自分に甘いのだとユカリは一人自嘲した。
簡素とはいえ、必要最低限のものは揃えられた木製の家具。
それなりに寝心地の良いベッド。
ここに来た当初は錆びついて動かなかった窓の留め具も、今では綺麗に磨き上げられている。
守られているのだ。
ユカリは彼に、何も返せないというのに。
アテナの元に帰りたいと子供のように駄々をこねながら、逃げてばかりだというのに。
ユカリは自分がどういう人間なのかをよく知っている。
だから、自分が嫌いだった。
卑怯者。
臆病者。
優柔不断。
事なかれ主義。
自分勝手。
数えればいくらでも言うことができる。
アテナと出会い、尽くすようになってからは、それらが消えてなくなったような錯覚に陥っていた。
あの場所は、あまりにも綺麗すぎたから。
優しく真綿でくるみこんで、大切に大切に扱われたから。
自分が優しい人間になれたのだと、そう思い込んでいた。それはアキレウスと生活をするようになっても、違和感なく続いていた。
けれど、アポロンという存在によって、ユカリの温かい幻想は粉々になった。
だからユカリは、アポロンを嫌う。
自分自身を嫌うのと同じように、アポロンを嫌う。
しなやかな筋肉、傲慢であっても許されるほどの優雅な振る舞い、低く甘く響く声。
「男」をはっきりと体現しているアポロンの男性性に上書きをして、彼を嫌う。
そうしなければならないほど、ユカリは小さくて卑怯な人間だった。
(……だいっきらい……)
自分に向けて、アポロンに向けて。
両腕できつく膝を抱きかかえながら、薄暗い部屋の中でユカリはそっと独りごちた。