第13話 剛岩のゴーレム戦
ズズゥゥン……! ズズゥゥン……!
大地を揺るがす地響きとともに、立ち上る土煙を裂いて巨影が迫る。
体長五メートルを超える、漆黒の花崗岩で覆われた特級指定魔物『剛岩のゴーレム』。
その全身には鉱脈のように青白い魔力脈が走り、外殻の表面を強固な防壁となって覆っていた。
頭部の中央にある赤黒い単眼が、侵入者である二人を捕捉し、不気味な光を放つ。
「ひ、ヒィィッ! だ、旦那方、本当に二人だけでやるんですかい!? あんなの山が動いてるようなもんだ!」
遠く街道の手前に馬車を止めた御者が、青ざめて叫んだ。
「大丈夫です! ここで馬車を止めて待っていてください!」
エルシアが短杖を構え、澄んだ声で応える。
「……下がっていろ。余波で吹き飛ぶぞ」
アルトが低く御者に告げ、白銀の長剣を静かに構えた。
ギィィ……と、岩石同士が擦れ合う耳障りな軋み音を立て、ゴーレムが家屋ほどもある右腕を高く振り上げた。
「アルトさん、敵の魔力脈、右肩から背中へ偏重しています! 初撃は右腕の振り下ろしです!」
後方十五歩の地点から、エルシアが叫ぶ。
「……重いな。通常のゴーレムの三倍はある」
「はい! 花崗岩の外殻に圧縮魔力が上乗せされています! 絶対に受け止めないでください!」
「グルルァァァッ!」
大気を押し潰すような風圧とともに、巨大な岩の塊が頭上から叩きつけられた。
ドガァァァンッ!
旧街道の硬い岩盤が爆砕し、放射状に巨大な亀裂が走る。
だが、その剛腕の直撃軌道に、アルトの姿はなかった。
粉砕された地面のわずか数センチ外側を、最小限の歩幅ですり抜けていた。
(アルトさんは今まで、この過酷な間合いの読みも、敵の死角も、全部たった一人で背負ってきた……!)
でも、今日は違う。もうアルトを一人きりで戦わせる気はなかった。
「アルトさん! 左へ三歩、そのまま敵の右側面へ回り込んでください!」
「了解だ」
アルトの身体が一瞬の躊躇もなく反応した。
エルシアの声が鼓膜に届いた瞬間、一切の確認を挟まず、言われた通りの軌道へと身体を滑り込ませる。
直後、ゴーレムの太い左腕が、アルトのいた空間を猛烈な横薙ぎで薙ぎ払った。
岩盤を削り取る轟音。もし一歩でも退くのが遅れていれば、薙ぎ払われていたタイミング。
「す、すげえ……! まるで見えてるみたいに、あの巨腕の直撃を紙一重でかわしやがった!」
御者が目を丸くして叫ぶ。
ゴーレムが薙ぎ払った余波で、鋭利な岩の破片がエルシアへと高速で飛来した。
だが、エルシアは視線すら逸らさない。
「《小聖護》!」
淡い黄金の光膜が展開され、飛来した岩片がパキンと甲高い音を立てて砕け散る。
「アルトさん、右足首の魔力脈に滞留があります! 急制動の負荷を抜きます!」
「頼む」
エルシアは左手をアルトの背中へと向けた。
「《調律治癒》!」
柔らかな光の帯が、アルトの足元へと吸い込まれた。
筋膜に溜まりかけていた微細な摩擦熱が、生じるそばからすっと消え去っていく。
「……っ」
アルトの灰色の瞳が、微かに見開かれた。
「アルトさん、足の調子はどうですか!?」
「……軽い。足元の引っ掛かりが、完全に消えた」
「ふふっ、言ったでしょう? アルトさんの足を絶対に止めさせないのが私の仕事です!」
いつもなら急制動のたびに強いられていた関節の軋みも、足場のぬかるみへの警戒も、今のアルトの意識には微塵も掠めない。
敵の死角も、呼吸の乱れも、すべて背後の少女の声が淀みなく導いてくれる。
(これが……後衛の調律か)
全身の細胞が、歓喜で研ぎ澄まされていく。
ゴーレムが怒りの咆哮を上げた。
巨体の中心にある青白い魔力脈が、急速に右肩の結節点へと収束していく。
「……来るぞ。魔力の脈動が跳ね上がった」
アルトが短く呟く。
「はい! 右腕を限界まで引き絞った、最大質量の叩きつけです!」
エルシアの観察眼が、その偏りを完璧に捉えた。
直撃すればクレーターと化す大技。だが、莫大なエネルギーを集中させる瞬間こそが、巨体を支える関節に最も過酷な負荷がかかる瞬間だった。
「アルトさん! 敵の右腕の振り下ろしを、右斜め前へ誘導してください!」
「任せろ。お前の指示通りに動く」
アルトが地を蹴った。
ゴーレムの正面、あえて巨腕の真下へと、最短の直線で飛び込む。
「グルアァァッ!」
赤く光る単眼がアルトを捉え、山のような右腕が頭上から振り下ろされた。
だが、アルトは右前へと体をわずかに傾け、刀身の腹で風を受け流すように滑り込んだ。
アルトの誘導によって、巨腕の着弾点がわずかに右斜め前へと逸れる。
ドガァァァァァンッ!!
地響きとともに岩盤が爆砕し、ゴーレムの巨体が前傾姿勢のまま硬直した。
その瞬間――莫大な前傾の質量を支えるため、ゴーレムの『左膝関節』に、重力と魔力負荷が一点集中した。
ギチ、ギチチチッ……!
過剰な負荷に悲鳴を上げる、関節の魔力の軋み。
(見えた――!)
「――《調律治癒・透徹》!!」
エルシアの短杖から放たれた極細の光条が、ゴーレムの左膝関節の核へと吸い込まれた。
無理やり偏重していた体内魔力循環が内側から調律され、激しい短絡を起こす。
バチィィィンッ!
激しい炸裂音とともに、左膝を覆っていた鉄壁の花崗岩装甲が内側から弾け飛んだ。
装甲の奥深く、脈動する青白い『魔力核』が無防備に露出する。
時間にして、わずかコンマ二秒。
「左膝の装甲が弾けました! コンマ二秒だけ核が無防備です!」
エルシアの澄み渡る叫びが戦場に響き渡った。
「アルトさん、迷わず核を断ち切ってください!!」
「――ああ、任せろ!」
アルトの足が、岩盤を踏み砕いた。
前傾姿勢のまま、一切の予備動作を排除した最短の神速の一閃。
敵の反撃への警戒も、砕け散る岩煙も、彼の意識には何一つ存在しなかった。
ただ少女が拓いてくれた青白い核へ向けて、世界で一番速い刃が、吸い込まれるように閃光を描いていく。




