表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

280/283

『分からないまま、選ぶ』

すべて、奪われた。


名前も。

記憶も。

理由も。


それでも――


「これは、私のものだ」

 処置は、なお続く。


 空間は刃の性質を保ったまま、定義の上書きを繰り返す。

 だが対象は崩れている。


 ネリネは、一歩前に出る。


 理由はない。

 思い出せない。

 それでも、止まらない。


 アガリアレプトの正面に立つ。


 逃げない。

 視線を外さない。


「思い出せない」


 欠落を、そのまま言葉にする。


「名前も、声も、分からない」


 空白のまま立つ。


 本来なら、ここで切除される。


 統合不能。

 不要な残滓。


 だが。


「でも、消していいものじゃない」


 拒否だけが、明確に残る。


 アガリアレプトが応じる。


「非合理です」


 揺るがない評価。


 だが。


 ネリネは、頷く。


「そうよ」


 一度、受け入れる。


 理解はしている。


 それでも。


「でも、私のものよ」


 基準が反転する。


 正しいかどうかではない。

 “自分のものかどうか”。


 その瞬間。


 ネリネの首元――白い薔薇が、微かに軋む。


 馴染んだ感覚。

 見慣れた重さ。


 そこから、蔓が滑り出る。


 絡み、形を取る。


 鎌。


 ずっと昔から使い続けてきた武器。


 身体に馴染んだ軌道。


 説明はいらない。


 手に取る。


 迷いがない。


 思い出しているわけではない。


 それでも、“使い方が残っている”。


 ネリネは構える。


 足の位置。

 重心。

 刃の角度。


 すべてが自然に定まる。


 後方で、ナベリウスが息を呑む。


「……は、は?なんでそれ使えんだよ……」


 理解が追いつかない。


 だが、目を離せない。


 ヴァレフォルは小さく震える。


「……わ、わかってないのに……うごいてる……」


 恐怖と驚きが混じる。


 それでも、その場から動けない。


 ムルムルが、わずかに傾く。


「ケケ……残ってるねぇ」


 軽い声。


 だが、そこだけ正確に見ている。


 アガリアレプトの処理が、わずかに遅れる。


「……行動保持を確認」


「理由消失状態での武装維持」


 分類が揺れる。


 記憶がない。

 だが技術は残る。


 理由がない。

 だが選択は成立する。


 ネリネが踏み込む。


 鎌を振るう。


 速い。


 迷いがない。


 考えていないからこそ、最短。


 記憶の切片と衝突する。


 刃同士が擦れる。


 完全には断てない。


 だが、削れる。


 “定義された刃”に対して、“理由を持たない動き”が干渉する。


 ズレが生まれる。


 ネリネは止まらない。


 もう一度振るう。


 今度は角度を変える。


 身体が覚えている。


 どこを削れば、空間が崩れるか。


 それを“思い出さずに”選ぶ。


 白い領域に亀裂が入る。


 診療所と処刑場の境界がさらに歪む。


 アガリアレプトの声が揺れる。


「……処理不能領域拡大」


 ネリネは、呼吸を整えない。


 理由がないから。


 疲労も、まだ認識できない。


 それでも。


 動き続ける。


 アスモデウスが隣に立つ。


 同じ位置。


 理由は戻らない。


 だが、“離れない”という行動だけが残る。


 ムルムルが、ぼそりと落とす。


「ケケ……それ、切れない」


 核心だけ。


 クチナシが前に出る。


 ヘルハウンドが間を詰める。


 全員が、理由を持たないまま動いている。


 それでも、連携が崩れない。


 ナベリウスが思わず呟く。


「……なんだよこれ……」


 答えは出ない。


 だが、現実として成立している。


 ネリネの鎌が、再び振り下ろされる。


 今度は深く入る。


 空間の一部が裂ける。


 白が崩れる。


 定義が揺らぐ。


 アガリアレプトの処理が追いつかない。


「……定義不能」


 分類が破綻する。


 記憶ではない。

 感情でもない。

 論理でもない。


 それでも存在する。


 ネリネは立っている。


 分からないまま。


 空白を抱えたまま。


 それでも。


 それを“自分のもの”として選び続ける。


 その状態が、処置そのものを拒む。


 ヴァレフォルが小さく息を呑む。


「……き、きえない……」


 ムルムルが、かすかに笑う。


「ケケ……終わらないやつだ」


 戦いは、最終段階へ入る。

思い出せなくてもいい。


理由がなくてもいい。


それでも――


手放さないと決めたものだけが、

自分になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ