表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

193/283

『場を決める者』

戦いは、剣が振るわれた瞬間に始まるのではない。


立つ場所が決まったとき。


逃げ場が消えたとき。


選択が、奪われたとき。


その時点で――


勝敗の半分は、もう終わっている。

静かだった。


 風も、音も、わずかに遠ざかっている。


 さっきまで確かにあったはずの世界が、一歩引いた場所に押しやられているような感覚。


 残っているのは。


 クチナシたちと。


 目の前の女だけ。


 バルバドスは、構えない。


 武器も持たない。


 ただ、立っている。


 それだけで、この場の“中心”が決まっている。


 クチナシは、無意識に息を整える。


 戦うためじゃない。


 崩されないための呼吸。


 それを、自然に選んでいた。


 バルバドスが、ゆっくり歩き出す。


 音はない。


 土を踏んでいるはずなのに、足音がしない。


 鎖だけが、かすかに擦れる。


 乾いた金属音。


 それだけが、この空間の“動き”だった。


 ヘルハウンドの前で止まる。


 距離は、数歩。


 踏み込めば届く。


 だが、その距離は妙に遠い。


「変わったな」


 バルバドスが言う。


 穏やかで、温度のない声。


「以前は、迷わなかった」


 一拍。


 ヘルハウンドは答えない。


 視線も逸らさない。


 それで十分だった。


 それだけで、“否定していない”ことが伝わる。


 バルバドスは、わずかに目を細める。


「そうか」


 それ以上は追わない。


 責めもしない。


 ただ事実として受け取る。


 そして。


 視線が、クチナシへ移る。


 止まる。


 動かない。


 観る。


 クチナシの身体が、わずかに強張る。


 見られている、じゃない。


 “読まれている”。


 表面じゃない。


 内側。


 思考の流れも、選択の癖も。


 すべてを、ただ観測されている。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 納得した声。


「そういう配置か」


 クチナシの指が、わずかに動く。


 配置。


 駒みたいに言われたことに、微かな違和感が残る。


 ネリネが一歩前に出る。


 クチナシの前に立つ。


「何よ、あんた」


 短く、鋭く。


 だが崩れてはいない。


 バルバドスは、視線だけを向ける。


「此方か」


 一拍。


「観ているだけだ」


 それだけ。


 それだけなのに。


 嘘じゃないと分かる。


 本当に、観ているだけ。


 だから余計に気味が悪い。


「何を」


 ネリネが問う。


 バルバドスは、わずかに首を傾げる。


「何が起きるかを」


 一拍。


「汝らが、どう選ぶかを」


 クチナシの胸が、引っかかる。


 選ぶ。


 その言葉は、ずっとあった。


 ここに来るまで。


 何を残すか。


 何を置いていくか。


 何を終わらせるか。


 選び続けてきた。


 その全部を。


 今、この場で“見られている”。


 アスモデウスが肩をすくめる。


「趣味悪いね」


 軽い言い方。


 だが、目は笑っていない。


 バルバドスは否定しない。


「そうでもない」


 一拍。


「必要だ」


 淡々と。


 感情を挟まずに言う。


 クチナシは、わずかに眉を寄せる。


 必要。


 誰にとっての。


 何のための。


 問いかけようとして、やめる。


 答えは返らない。


 返ってきても、理解できる形じゃない。


 バルバドスは視線を巡らせる。


 順に、全員へ。


 評価もしない。


 敵とも見ない。


 ただ、“確認する”。


 最後に、ヘルハウンドへ戻る。


「終わらせに来たのか」


 一拍。


 静かな問い。


 ヘルハウンドが息を吐く。


「関係ねぇ」


 低く。


「必要なら、やる」


 それだけ。


 だが、迷いはない。


 バルバドスは、それを聞いて。


 ほんのわずかに口元を動かす。


 笑いじゃない。


 だが、何かが一致したような動き。


「そうか」


 一拍。


「なら、問題ない」


 その瞬間。


 鎖が鳴る。


 今までと違う。


 はっきりした音。


 引き絞られるような硬い音。


 クチナシの足元で、何かが動く。


 見えないはずの鎖が、形を持つ。


 絡む。


 固定する。


 位置が決まる。


 逃げ場が消える。


 クチナシの呼吸が一瞬止まる。


 分かる。


 これはまだ、戦いじゃない。


 配置だ。


 位置取り。


 バルバドスが“場”を整えている。


 それだけの支配。


 バルバドスが言う。


「此方の領分だ」


 一拍。


「どこに立つかは、此方が決める」


 その言葉と同時に。


 空気が固定される。


 動ける。


 だが、自由じゃない。


 踏み込める。


 だが、届かない。


 クチナシの喉が鳴る。


 逃げ場はない。


 バルバドスは、それを見ている。


 ただ。


 何もせずに。


 観測者のまま。


 そして、静かに告げる。


「では――始めようか」


 その一言で。


 戦いが、確定した。

動けることと、

自由であることは違う。


踏み込めることと、

届くことも違う。


すべてが許されているようで、

すべてが定められている。


それが“場”という支配だ。


そしてそれを握る者は、

まだ一度も攻撃していない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ