表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の秘密〜ウィスキーとお惣菜の癒し時間〜  作者: 山いい奈
2章 それは、あなたなんです
9/17

第4話 不毛な思い

 金曜日の夜に(たもつ)さんとお兄ちゃんを見張りに来る保さんファンクラブの人は、出口(でぐち)さんである。


 出口さんはすこしぽっちゃりとした印象の女性だ。長い黒髪を頭の上部でお団子にしている。可愛らしい雰囲気をもった人である。


 深川(ふかがわ)さん同様、保さんからひとつ席を離して座っている。


 ファンクラブの人たちは、ボトルキープは誰もしていない。ショットで飲んでいる。だた誰もウィスキーはあまり飲まず、ソフトドリンクが多めだ。


 そういう意味では、言い方は悪いがあまり利のよいお客さまではない。しかも「ウィスキーバー TOMO(トモ)」に来る目的が目的なのだから、特にお兄ちゃんに煙たがれても仕方がない。もちろん表には出さないが。そこはお兄ちゃんも客商売として弁えている。


 出口さんは保さんを見ては恥ずかしそうに俯き、お兄ちゃんを見ては照れたようにもじもじする。その様子はほかのファンクラブの人とは違うな、と那津(なつ)は思っていたのだが。


 もうこんな事態になって、2週間ほどが経っていた。保さんなら「もう来るな」と言えるだろうがそんな気配もなく、ファンクラブの面々に好きにさせている。恋人であるお兄ちゃんを守らないのだろうか。お兄ちゃんも那津に「大丈夫や」と言うだけだ。


 とはいえ、こんなことが長続きしないだろうということは、那津にも分かる。保さんとお兄ちゃんの絆が強固であるなら、こんなことでは壊れないだろうし。


 結局なところ、ファンクラブが根負けをするのを待つしかないのだろう。


 那津は中学のときは保さんと、学年は違えど学校が一緒だったから、保さんの人気は把握しているつもりだ。高校で別れたが、那津が通った高校でもそういう注目の的はいた。那津も格好よいなと思ったものだ。


 だが、それだけである。10年近くもその熱を持ち続けることはできない。


 だから、深川さんたちファンクラブの気持ちがいまいち理解できないのだ。それが恋愛感情であるのなら、思いが長年続くのは分かる。恋心というのはなにかきっかけでもなければ、そう容易く消えるものではない。


 那津は深川さんたちをガチ恋勢だと思ったことがあったが、もしかしたら、それはあながち間違いではなかったのかもしれない。ファンクラブ4人が4人、全員がそうであったら?


 それはあまりにも不毛だ。それで深川さんたちが納得しているのならよいのだろう。だが、その思いの行き着く先はない。いずれ昇華はできるかも知れないが、充足はないのだ。


 那津がこんなことを思うことすら、余計なお世話なんてことは分かっている。それでも届かない思いは、消えていくしかないのだから。




 21時になると、そう広くない店内はほぼ満席になる。特に今日は金曜日なので、飲みに繰り出す人が多いのだ。「TOMO」もその恩恵にあずかることができている。


 なので、保さんと出口さんの間の席にも、おひとりさまの男性が掛けている。


 お兄ちゃんはお客さまたちのグラスを確認しつつ、お話相手にもなりつつ、忙しく動いている。那津もフードの注文に応えつつ、やはりお話相手になったりして。


 ご常連同士も、他愛ないお話をしながら盛り上がったりする。


 こういうのが、地元に根付いたお店のよいところだな、と那津は思う。


 ありがたいことに、この「TOMO」はたくさんのご常連に支えられている。長居(ながい)は大阪市内ではあるが地方色が濃いので、一見さんよりもご常連のお力添えが重要なのである。


 お酒のお店だから、みなさんゆっくりだ。回転率は高くない。だがそれも織り込み済みのうえである。リラックスして、楽しんでもらいたいと思う。


 ただひとりを除いては。


 出口さんは酔いが回っているのか、ほんのりと赤い顔で船を漕いでいる。とはいえ、今出口さんの前にあるのはウーロン茶なのだが。起こすのも忍びないのでそっとしておいているが、とりあえずファンクラブ会員としてのお役目は放棄されている。


 だが忙しくなってくれば、お兄ちゃんも那津もファンクラブの面々を意識してはいられないので、睨まれようがどうしようが、どうでもよいという気になるのだ。正直それどころではない。


 ドリンクはほとんどがウィスキーなので、そうがぶがぶ飲むものではないし、2軒目以降の利用ならフードもそれほど出るわけではない。多くはお客さまとのコミニュケーション。そしてチェイサーも、できる限りお水で満たしておきたい。


 保さんは静かにグラスを傾けていて、スイも猫かごでおとなしくしている。ある意味、いちばん奥の席に座る保さんが、スイの守りのようになっている状況だ。


 スイは確かに看板猫で、来たお客さまを鳴き声とともに歓迎するが、下手にお客さまに近づいたりはしない。それがスイの処世術である。


 それでも猫のいる空間は癒されると、お客さまは喜んでくれている。猫はきまぐれなものだし、寄り付かなくても誰も気にしない。


 那津は、この「TOMO」のご常連はお行儀がよい人ばかりだと思っていて、それも恵まれているなと思うのだ。みなさんマナーよく飲んで、気持ちよく帰っていく。


 もちろんお兄ちゃんも那津も、そしてスイも、お店の雰囲気作りを大事にしていて、その効果も出ているのかな、と嬉しくなるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ