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琥珀色の秘密〜ウィスキーとお惣菜の癒し時間〜  作者: 山いい奈
2章 それは、あなたなんです
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第3話 柔らかな感情

 かなめ伯母ちゃんたちは、那津たちと他愛のないお話をして、お店が本格的に混み始める20時ごろに帰っていった。締めにサービスのお味噌汁も飲んでいってくれた。


「お酒のあとに沁みる〜」


 かなめ伯母ちゃんも伯父さんも、そう言って顔をほころばせてくれた。


 それからも、ご常連も含めたお客さまが、「ウィスキーバーTOMO」を止まり木にしてくれる。ゆっくりと、ウィスキーとお惣菜で心を癒して。


 そうして緩やかな時間が流れていった。




 週が明け、数日が経った金曜日。お昼のキーマカレー、今日の具材は蓮根とお茄子、しめじである。


 お昼の食材は業者さんに運んでもらっている。さすがに量が多いので、自分での買い出しは難しいのだ。前日の夕方までにネットで発注すればよいので、夜の仕込みのときにちゃちゃっとやってしまう。


 いつもは20食分を仕込むのだが、金曜日は22食分。玉ねぎはいつもの量なのだが、挽き肉を増やすのだ。今日の挽き肉は鶏だ。挽き肉の種類も日によって違うのである。


 昨日の夜の営業中に炒めておいた飴色玉ねぎのお鍋を火に掛ける。鍋底をこそげながらさらに炒め、温まったらカレー粉、にんにくとしょうがのみじん切りを入れて、香りを立たせる。この瞬間がたまらない。ふわんと店内に漂う、深いスパイスの香りだ。


 そこに別に炒めておいた鶏挽き肉を入れる。お肉の脂が加わると、また香りが1段階アップする。全体を混ぜ合わせ、トマト水煮を投入。ざっくりと混ぜ合わせ、煮込みに入る。


 夜営業中に玉ねぎを炒める時間が取れないときは、みじん切りにだけはして、冷凍するのだ。そうすることで炒め時間を短縮することができるのである。


 お店で出すものなのだから、できる限り手を掛けて、という信念や美徳もあるだろう。それは分かる。だが味が変わらないのであれば手を抜けるところは抜く、それもまた続けていくのに大切なことだ。


 楽しく作る。那津はそれを大事にしている。楽しく作るから美味しいものができる。大根おろしは怒りながら擦るな、ではないが、感情は味に出るものだと思っているのだ。


 鼻歌だって歌っちゃう。那津はくつくつと煮立つお鍋をぐるりとかき混ぜた。




「うん、やっぱりなっちゃんのキーマカレーは美味いよなぁ」


 そう言ってくれるのはお兄ちゃん。毎週金曜日のお昼ごはんは、那津のキーマカレーなのだ。ふたり分多く仕込むのはこのためである。


 金曜日のカレー。端を発しているのはもちろん海軍カレーである。潜水艦など海で任務を遂行していると、曜日感覚が損なわれてしまうそうで、それをリセットするために金曜日はカレーにするのだと聞いている。


 もちろん陸で日常生活を送る那津たちが、そんなことに見舞われることはないが、那津はお兄ちゃんにもカレーを食べて欲しいので、この日を設けた。このきょうだいはカレーが好物なのである。


 スイにははやり、猫缶。スイにも那津のキーマカレーを食べて欲しいのだが、やはりお兄ちゃんの前であげることはできない。いつか機会を作ってあげなければ。ふとスイを見ると、恨めしげな目でこちらを見ているような気がした。ごめんて。


「蓮根のしゃきしゃきがええな。ええアクセントや」


 お兄ちゃんの口元から、こりっとした軽快な音が漏れた。


「カレーに蓮根、合うよねぇ。せや、今日の晩のお惣菜、蓮根のカレーきんぴらしようかな」


「ええやん。蓮根って確か今が旬なんやろ? ごちそうやん」


「ほんまやねぇ」


 蓮根きんぴらなんて、副菜だし、決して贅沢品ではない。それでもそれを「ごちそう」と言ってくれるお兄ちゃんの感性が、那津は大好きだった。那津と合うな、と思うのだ。


 きょうだいでそういうことを共有できる幸せ。本当に血が繋がっていないのかしら、なんて思わせる。


 正直、自分では自分を能天気だと思っている那津だが、お母さんがお子さんのいる男性と再婚したいと聞かされたときは、小学生の身ながら不安を感じたものだった。だが新しいお父さんはお兄ちゃんと変わらずに那津を可愛がってくれたし、お兄ちゃんも言わずもがなだ。


 だから那津は今でもお父さんが大好きだし、思い出したらお母さんの記憶と同様に切なくなる。言っても仕方がないことだと分かっていても。


 すると、どうしても両親を撥ねた運転手への恨みだって湧き出てしまう。生産性がないことなんて分かっている。無駄だということも。


 運転手は数年とはいえしっかりと禁固刑を食らったし、罪を償ったとはいえる。だがそれで被害者感情が癒えるわけではない。ふとしたきっかけで、傷口はぐじゅりと疼き出す。


 でも、那津にはお兄ちゃんとスイがいた。せっかくかさぶたになった傷口がまだ膿んでしまっても、ふたりがいれば、那津は大丈夫なのだ。同じ痛みを知るふたりだから、寄り添っていけるのだ。


 那津は満足げにキーマカレーを食べるお兄ちゃん、そして猫缶にがっつくスイを見て、ふわりと目を細めた。

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